天井が白い。
 軍の仮眠室とも違う清潔な白と消毒の鼻をつくような香りに、急速に覚醒する。頭がぼんやりと重い。鈍い痛みが体中を支配していて、ロイはしゃべろうとしてかすれた呟きをもらした。特に後ろ頭と右足が悲鳴を上げている。
 覗きこむ、見慣れた顔に安堵して小さく笑う。
「・・・・やあ、中尉」
 これは、怒っているときの顔だ。
 それも、最上級の。
 小さなきれいな顔は無表情で、それが何より怖い。
「よくお休みでしたね。マスタング大佐」
「・・・お、おかげさまで」
「散々駄々を捏ね上げて、見回りに出る出なければ明日は溜まりまくった公休をとるんだとかなんだとか人を脅した挙句、こんな大怪我をして有無を言わさず連休ですか。それならそうとおっしゃっていただければ私も協力したのですが」
「中尉。中尉中尉中尉!君すぐ銃を取り出すのはよくない癖だぞ・・・・!」
 しかも、ライフルって。痛む体を捩りながらロイは両手を挙げる。
「遠慮なさらず。軍人たるもの銃創の一つや二つや三つや四つ」
「き、君は何発打ち込む気なんだね!ほら、犬は腹を見せて服従の意を示すという!ならば私も」
「結構です。30代の衰えた腹部ほど耐え難いものはありませんから」
「まだ29歳だよ・・・・・」
 ぎ、とにらみつけられ、反論を引っ込める。
 話題を変えようと、一つ咳払いをした。
「ちなみにあれからどのくらいたった」
「昨日の深夜1時に大佐がこちらへ運ばれたと連絡を受けました。今は昼の12時です。エドワード君から大体のことは聞きました。彼はあれからすぐ東方司令部で事情聴取をしているはずですから、そろそろ開放されるかと」
「そうかね。心配をかけたね」
「・・・・もうすこし、ご自身に配慮していただいているかと思っておりましたが」
 冷ややかに告げられて、ロイは苦笑する。
「そうだね。受身は取ったんだが、まさか真後ろに石があるとは。計算外だった。足は予定通りというか予想通りというか、そんな感じなんだが」
「昨日のことは、今は詳しくは聞きません。今日はどの道、仕事になりませんから。それから、昨日エドワード君の言ったとおり、裏路地で男性を発見しました」
「そうか」
「いまは病院で集中治療を受けていますが」
「・・・・・生きているのか」
 信じられない。あの顔色は生者のそれではなかった。大きな手がかりにロイは微笑もうとし、リザの表情が硬いことに怪訝な表情をする。
「助かるかどうかは。両足の爪先と、右手左手の壊死がひどく、さっきまで切断の手術だったようです。今日持つかどうかは、わからないと」
「・・・・わかった。またなにかあったらおしえてくれ」
「あなたはうかつにもほどがあります。軽挙妄動は謹んでいただかないと。・・もうすこし、私たちを信頼していただいてもよいのでは?
 自分の使命も野望も忘れ、あんなことで自らを危険に晒すとは。そう、何よりも雄弁に、リザホークアイの瞳が語っている。
「申し訳ない。考えるより先に体が動いてしまっていてね」
 肩をすくめる上司が、あの金色の少年をどう思っているかしっている。それだけに、これ以上は強くいえなかった。そういう意味では彼は実に自分の扱い方を心得ているといってもいいだろう。
 だからといって、このまま許す気には到底なれない。
 リザは一言切り替えした。
「エドーワード君がどれだけあなたを心配していたか、わかりますか」
「・・・・うう・・・・。今の攻撃は効いたよ」
「わかっていていっているんです。人が心配して駆けつけてみれば、呑気にねていらっしゃるし」
 頭をぶつけた瞬間、ここ連日の睡眠不足の付けが一気にやってきた。きれいに混沌に引きずり込まれていく。このタイミングで、と思いながらもそれに逆らえなかった、昨日の記憶を反芻してロイは眉をしかめた。
「は、鋼のはそんなに心配を」
 だとすれば、顔に出すわけにはいかないが。正直嬉しい。
「ええ。そうですね。あの子の逆鱗に触れてしまったようですよ。声をかけるのをためらうほど怒ってましたから。おそらく、事情聴取後にこちらに来るつもりでは?では御武運を。私は司令部でまだ仕事がありますので」
「ええー・・・ウサギのりんごとかたべさせてくれないのか」
「・・・・・そんなに撃ち殺されたければ、ご希望に添うことは難しくありませんが」
「ほ、ほんとに構えることはないだろう!」
 鋼のは怒っていたか。やはりな。
 ぶつぶつとつぶやく上司にあきれた視線を投げかけながら、リザホークアイは小さく頭を下げた。
 

 

 ひとり残された病室で、ロイは昨夜のことを反芻する。暗闇。雪。あの老人。捨てられた男。銃声。そして、自分のことを焔の錬金術師と呼んだ。そして鋼の錬金術師と。確かに、自分たちは名のしれた錬金術師だ。しかし、一般のものの中で、その名前と顔を一致させることが出来るものが、どれほどいるだろう。国家錬金術師といえど、二つ名を背中に掲げて歩いているわけではない。同じ軍属のものとて、下士官の中には自分たちの顔を知らないものは多いというのに。
 なんらかの組織かあるいは軍の上層部に関係があるものか。
 前者はともかく、後者に関しては物騒な発想だった。面白い、と思う自分も同時にいる。尻尾を捕まえてしまえば、後は煮るなり焼くなり、どうとでも出来る。上のポストを空けたいときにあけれる切り札というのも悪くないな。だが、今は全て根拠のない想像に過ぎない。はやれば失敗する。確かに一般人にも調べようと思えば、調べられないことでもないしな。
 そこまで考えて、ロイは一人口元に笑みを浮かべた。
 しかし。
 足を折ったのは失敗だった。
 あんなふうに、飛び出るつもりはなかったのだ。
 この手で、車ごと燃やしてしまえばすむことだった。そもそも、エドワードが戦っている最中に姿を見せるつもりもなかったのだ。リザにいわれずとも、自分の存在の位置はようく理解しているつもりだった。エドワードが相手にしている間に、あの黒いコートの両足なり、両腕なりを燃やしつぶしてしまえばよかった。
 けれど、あの銃弾で肩を弾かれた、エドワードの血を見た途端。不覚にも、頭に血が上った。
 公私混同をするつもりはさらさらない。たとえそれが、あの金の少年だとて同じこと。頭では、そう理解していた。いや、結局そのつもりだっただけなのだろう。
 事実、愚かにも自分の姿を晒し、賊には逃げられ、自分の足を折る羽目になったのだから。こんなつまらないことで死ぬわけにはいかないというのに。
 あの車とて、燃やしてしまえばよかったのだ。そうすれば、わざわざぶつかることもなく怪我もせず、被疑者死亡とはいえ事件も解決したかもしれない。けれど、とっさに頭がちっとも働かなかった。
 あの少年のこととなると、私は我を忘れるな。
 そのことが忌々しくも腹立たしくもないことが、何よりロイを苦笑させる。
 本来の自分ならば。
 昇進の妨げになるような、そんな存在は始末していておかしくないはずだ。
 我を見失わせるような、そんな存在は危険だからだ。弱みがあれば、それはそのままつけこまれる隙を敵に見せるということ。軍属にあって、そういう危険は十分に理解しているというのに。
 なのに。
 だが、わるくない。
 悪くない気分だった。
「えらくご機嫌ね。ロイ」
 気配もなくいつの間にか室内に居た女に、ロイは完璧に作った笑顔を向けた。
「・・・リリィ。気がつかなかったよ。いつのまに」
「ノックはしたのよ?でも、えらくご機嫌だったから気がつかないみたいで」
 真っ赤な唇をゆがめ、人形のような女が笑った。
 仮にもロイは軍人だった。ノックまでされて、気がつかないはずもない。しかし、それをおくびにも出さず、ロイはそれは悪かったね、と傍らの椅子を勧めた。リリスの華奢な腕にこぼれんばかりの大輪の百合の花束。その清楚な香りもこれだけの量ともなるともはや拷問だ。甘ったるく濃く鼻先に残る。自然と眉をしかめたロイを、リリスは笑った。
「そんな顔をして。いいにおいじゃない。さっきまでのご機嫌が、嘘のような顔をして。お具合はいかが?ロイマスタング大佐」
 優雅な動作でそのままゆっくりと腰をかけると、うふふふふふ、と花束で顔を半分隠しながら、女は目を細めた。
「朝、あのきれいな女の人。ホークアイ中尉がわざわざ電話してくださったの。大佐は今怪我で入院していますから、今日はお伺いできませんって。父のお見舞いは、いつでもよかったから気にしないで。でもほんと、私こちらに着てから病院ばかりね。もうあきてしまったわ。消毒のにおいも、死臭にも」
「将軍のお具合はよろしくないのか?
「ええそう。意識不明、ね。セントラルに帰ろうかとも思ったんだけれど、今父を動かすのはよくないことだといわれて。それに、東方に居たほうが楽しいことが沢山あって、私も退屈しないもの。ロイも居るしあのきれいな鋼の子も居るし」
 花束をロイのベッドの上にそっと置く。黄色い花粉が散って、真っ白なシーツを彩る。
 ちっとも変わっていないな、とロイは思った。最後にあったのは、二年前の、やはり冬だったか。
 無邪気で毒があって奔放で甘えることが上手な、人形のような娘。下手に触れば、微笑みながら噛みつかれそうな凶暴さを秘めていた。上級軍人の裕福な家庭で甘やかされて育ったにしては、激しい気性をしていた。その二面性を心地よく思い、手を出したのだ。手折ろうとするその手が棘に傷つけられることすら、楽しい、ゲームだった。
 少女はいつも痛々しい顔をしていたように思う。
 しかしそれすら、自分の心というものを疼かせるには足らなかった。自分はもっと傷だらけの魂をしっている。あの幼さで、手足をもぎ取られ、けれど這いずり立ち上がったものを知っている。あの子供にはじめてあったときの、自分の中の凶暴な衝動や突き動かされるような焦燥感は消して忘れない。
 けれどなんら、心に響かなかったのだ。この娘の痛みは。何に苦しんでいるのかも興味はなかった。
 だから欲望の糧にすることになんの迷いもなかった。打算もあった。

 (昇進の、裏技。)

 昨日、リリスについて回っていたセントラルの上司に言われた言葉がふと思い出された。それはあながち的外れでもない。だが、この娘にはそうするだけの価値がなかった。だから捨てた。それだけのことだった。
 リリスにもわかっていたはずだ。
 自分が、誰かの身代わりであることを。
 愚かだが、馬鹿ではない娘だからこそ。
「本当に、懐かしいよ。君は変わっていない」
「あなたは随分と穏やかな顔をしているのね。うふふふふふふ。あの、鋼の子の前では別人のようよ。可愛い顔をしていたわ。かわいい、かわいいあの子。何にも知らないって顔をしてた。世の中の汚いことは何にも知らないって顔。手を出しあぐねているなんて、あなたらしくないのね」
「そうかな?あの子は、何でもしっている賢い子だよ。汚いものも綺麗なものも地獄も幸せも優しさも強さも弱さも、何もかも全部。かわいいだろう?君に、見せたかった。あの子を」
 花粉を払いのけると、シーツに黄色い染みが残った。内心の不快を表情に出さないように勤めながら、ロイは花束を抱えあげる。鼻が麻痺してきて、そのにおいの強烈さが薄れていくことに嫌悪しながら。
「そうかしら。あなたのことだから、あの子ととっくに寝てるのかと思っていた。あたしにしたように」
「まだあの子は幼いからね。君のように美しく成長するのを待っているのさ」
 その言葉にあからさまにリリスのまとう空気が一変する。だが、これが本性だ。彼女を送って帰ってきてから、エドワードの様子があからさまにおかしかったことをロイは忘れては居なかった。何をいったかは知らないが、大方の見当はつく。
 今まで大事に掌に囲っていたものを、こんな女に傷つけられて、この自分がそれを許すはずもない。知らない娘では、ないだろうに。しかもこんなに敵意をむき出しにして、炎に油を注ぐ行為に等しい。ロイは、小さく笑った。
「美しい?私が?あんな、・・・・・穢いものを見るような目で見ておいて」
「わたしが?さあ、覚えがないが」
「あの鋼の子の隣で。汚らわしいとでもいわんばかりに。あの子が私の手を払わなければ、あなたが弾いていたでしょう?それとも、覚えがないとでも?
 ああ、東方司令部でのことか。とロイも思い出した。とっさで、表情を作る暇がなかったのだ。その観察眼は、さすがというわけか。馬鹿であれば、もうすこしかわいげもあるものを、と口には出さずにロイは首を傾げて見せた。
「そうね蔑みながらそうやって嘲笑うのが、あなたの常套手段だものね。久しく忘れていたわ。こんな風に足を折る間抜けと同一人物だとは思い難いけれど」
 石膏と包帯で巻かれた右足を、血の色をした爪先がたどる。優しく撫でるような仕草で、何度も。
「幼い、ねえ。そうね、肉欲を知らず殺す快楽を知らずあなたの本性すら知らずにいるあの子は、確かに幼いんでしょうね。私が手伝ってあげましょうか?初めてがあなたではさすがにかわいそうだもの。オトコノコにうまれてきて、女を知らずにいるなんて」
「リリス。・・・・もう鍵をかけて眠ることはやめたのか?」
 その言葉の意味を、残酷さを知るからこそロイは平然と言った。痛みを踏みにじることに、なんのためらいもない。この女はエドワードを傷つけ、自分を脅した。
 十分な理由ではないのか。
 リリスからは表情が消え、右足をたどる指先は凍りついている。ゆっくりと顔を上げる、その唇は紅だけが浮いて、本当の人形のようだ。ガラス玉のような目だな、とロイは面白くもなく、思う。
「・・・・しって。知っていて、お前は」
「初めはわからなかったがね。時間がたてば、段々とつじつまが合う瞬間がある。夜中、眠る傍らの絶叫や、異常なまでの自室の施錠。・・・初老の男性に対する極度の恐怖心。手首の傷。発作。どうやら、君は今日まで父親に逆らえないままだったらしい。まさかこんな田舎まで着いてくるとは思わなかったからね。彼が倒れて、やっと安寧を手に入れることが出来たのかな?奔放さに磨きがかかっている」
「・・・・本当に、変わっていない。うふふふふふふ。いいわ。楽しいわ。そして、そんなあなたがかばう、あの鋼の子の価値のほども知れようというもの。ねえロイ」
「手出しは勘弁して欲しいな。やっと近頃掌に落っこちてきそうなところなんだ。もう片思いも5年目だからね。これ以上待たされると、私も何をするかわからない」
 おどけたように肩を竦める。その言葉の意味は、十分に彼女に伝わったらしい。リリスが身を乗り出し、ベッドに足をかける。遠くから見ればそれは、まるで甘やかな恋人同士の語らいのようにも見えるだろう。親密に顔を寄せ、お互いが囁く言葉がどんなに毒にみちていたとしても当事者以外にはしりえないことだから。リリスは小鳥の嘴のような小さな唇を開き、ロイの唇をなめた。微笑み、ロイは微動だにしない。
「足を折り、ろくに身動きの取れないあなたに出来ることは少ないでしょう?お忙しいマスタング大佐殿。・・・鋼のあの子も、右手を壊しているようだし。どうしてくれよう。あたしをこんなに馬鹿にしてくれて」
「物騒だね。・・・・けれど、悪さには気をつけたほうがいい。イーストシティも近頃は物騒でね。・・・空気が乾燥しているから、特に火事には」
 囁くように告げ、ロイは自ら唇を押し付けた。なんの感情もこもらない口付けは、何よりの拒絶を女に伝えた。唇の冷たさに、間近に見た夜色の瞳の虚無に、リリスは知らず拳を握っていた。
 破裂に似た破壊音が二人に届いたのはほとんど同時である。
「はいはいはいはい!おじゃましまーす!おら、無能の色ボケ大佐!これ見舞いだ。いちゃいちゃすんなら外でやれ!じゃ、俺はこれで。おらアル行くぞ!!」
 扉を蹴破ってからのノックに、意味はないのではないだろうか。思い切り殴られた扉の凹みを眺めながら半ば呆然と、ロイはエドワードに手渡された果物の山を落とすまいと抱き寄せた。押しのけるように引き離されたリリスもきょとんとした顔で立ち尽くしている。嵐のような金色の少年の姿はすでになく、アルフォンスが一人残されている。
「ああもう!にいさんたら!大佐ごめんなさい。兄さんほんと失礼で。リリスさんも、お話中ごめんなさい。あの、その桃お見舞いです。よかったら」
「あ、ああ・・・・ありがとうアルフォンス。その、いつから」
 見ていたのかねと問おうとして、アルフォンスはその先をさえぎった。
「ご!ごめんなさい!リリスさんがいるなんて、僕知らなくて。先にいったはずの兄さんがはいりにくそうにしてるなーとは思ったんですけど。まさかいきなり扉蹴破るとは思わなくって。もーほんとにごめんなさい!それ、食べてくださいね。もう、兄さん自分が好きだからって桃ばっかりなんですけど。またお見舞いに来ますから。あの、それから大佐。・・・兄さんのこと助けてくれて、ほんとにありがとうございました。あんな調子だけど、兄さんも感謝してるんです。口下手だから。兄さんは」
 じゃ、しつれいします!と鎧の巨体でかわいらしく頭を下げ、アルフォンスは兄のあと追っていった。
 さっきまで、この病室に凝っていた毒々しい雰囲気はきれいに払拭されてしまったようだ。百合の香りをさえぎる、果物の清涼な香りをかぎ、ロイはこらえ切れずに噴き出した。

 本当に、あの子は。
 言葉がない。
 本当に、あの子ときたら。

 こうして自分を、違うところへ連れ去ってしまう。人の予想をはるかに覆し、期待を裏切り、自分を覆う濃く深い霧を薙ぎ払ってしまうのだ。
 毒気を抜かれたのは、リリスも同じだったようだ。
 人形のような顔がきょとんとしているのがおかしい。
「・・・みられたみたいよ?いいの?ロイ」
「いいんだ。これで、やきもちなりと焼いてくれるならばそれも重畳。大人になると、いかんな。子供のように無邪気になれない。私はまっているんだよ。あの子が恋を理解して、私を思って夜が眠れなくなるのを。鋼の手足も弟のことも、どうでもよくなるくらいにね」
「・・・・あの子も、運のない。こんな悪党に見初められて。あたしも、今日は帰りますわ。おだいじに。大佐」
「おかげさまで」
 手元の果物に視線を落とせば、笑いがまたこみ上げてくる。籠に山盛りに盛られた山のような桃。エドワードが好きだといっていたその、きれいな香り。自分の好きなものばかり、こんなに山盛りにして渡すあの子がいとおしい。そして、桃にうずもれながら小さな白い花のしおりが添えてある。それが南部にしか咲かない種類の花であることに気がついてロイは知らず微笑んでいた。こんな小さな、かわいいお土産をあの乱暴で短気なあの子供が自分のために用意していたのだと思うと、いとおしさに胸が苦しい。


 残酷なことも考える。
 エドワードを押さえつけて無理やり体を開いて、情を交わせればどんなに、と思うこともある。
 快楽を知らない体を散々焦らして愛撫をねだらせ、自ら足を開かせれば、これ以上の快楽はないだろうと思うことも。
 けれどけして出来ない自分が居るのだ。
 あの子供の涙を見るのは、何よりつらいことだ。
 それは自分の欲望をはるかに超えた願い。
 わたしも大概終わっていると思うけれど、不快感はない。
 あの子供は、私を救ってくれる。
 いるだけで。


「・・・幸福そうな、顔をしているわ」
 リリスがぽつりと言った。人のおもちゃを欲しがる子供のような顔だ、とロイは思った。
「そうかもしれない」とだけ答えながら。