虚ろの王
ああほらご覧
あれが地獄
お前と私の
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その、きらきらと朝日に反射する塊は宝物を連想させた。
昔、お父さんがくれた綺麗な石に似ている。雪の中から覗く、透き通るような小さな塊を、少女は熱心に触った。小さな手で雪を一生懸命払う。ふうふうと息を吹きかけると、真っ白な自分の吐息が宙に舞った。母親がいらついたように名前を呼ぶけれど、こんな綺麗なものをほうっていけるわけがない。もって帰って、隣の家のケインに見せてやろう。いつも私のこといじめたりするあのこに見せて、自慢してやろう。どきどきしながら力を込めてもう一度雪を振り払い、小さな指で凍りついた雪をひっかいた。(・・・あれ?)
石じゃない。
雪を払いおもいきり、ふう、と息を吹きかけるとそれは露になった。
「おかーさーん」
一生懸命それをひっぱったけれど、ちっとも持ち上がらなくて母親を呼んだ。
そののんきな声音に呼ばれ、母親は娘の背後に回り痺れを切らして怒鳴りつけようとし。息を呑んだ。
「・・・ひ」
「これ、おてて?」
不吉なまでに白い、生命の途切れた掌が少女に握られていた。まるで、雪の中の、その先に引きずり込もうとするように。
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しんしんと白い花びらが積もるようだ。
てのひらに小さな結晶を握ると、じんと冷えた。赤いコートの端を手繰り、手のひらをぬぐう。東部でこんなにも雪が降ることは珍しい。この地方を五年ぶりに埋め尽くした雪の白い絨毯を踏みしめて、兄弟は先を急いだ。小さな真っ赤な塊と、その背後に続く大きな灰色の塊。最悪の視界の中、すれ違う人の目にはかろうじてそんな風に、二人の姿は映った。
こう寒いと、何の比喩もなく真実、少年の手足は凍ってしまう。鉄の塊の右手を握り締めると、軋んだ音がした。肩口の、接続面からは痺れるような凍えが伝播する。左足も同じだ。自分の義手義足を不便に思うのはこんなときだった。綺麗に編まれた三つ編みの金髪を揺らし、エドワードは足を速めた。フードを下げ、肩越しに背後を振り返り、あとに続く鎧を確認する。鎧の両肩にはすでに白く雪が積もり、凍り始めていた。
寒くはないだろう。弟であり、弟でないもの。鎧の中は空っぽであり、充足するものはアルフォンスの魂のみなのだから。痛みも熱も寒さも、感覚を何も持たない魂の器でしかないのだから。
それでもエドワードは弟がどんなに寒いだろうと、いらいらと唇をかんだ。
「いそごーぜ。こんなにふるなんて。なんかの前触れか?天変地異とか」
口調が八つ当たりめいてきて、その兄の口調を背後に従うアルフォンスが笑った。その声に、まだ幼さの残る赤い唇を尖らせながらも、エドワードは自分の両肩の雪と弟の雪を振り払った。平均的な十五歳の少年たちと比べても、随分身長の小さなエドワードはつま先を思い切り伸ばして背伸びをしても、なかなか鎧の頭までは届かない。
「兄さん、僕は大丈夫だよ。はやく司令部にいこう?兄さんの機械鎧の冷えの方が心配だよ。あんまり冷やすと、よくない」
「そーだな」
目を細め、雪に曇る視界の端に軍施設を見つける。途端に進む気力が少し鈍くなる。それを無理やり振り払って、エドワードは早足で進む。
内心、なんでこんな時にと腹立たしく思う。こんな豪雪のなか、南方にいた二人を無理やり呼びつけた上司の、不遜な顔を思い出してエドワードは腹の底が熱くなった。
俺らはペットじゃねえんだ。くそ。てめえの用事で南方にいってたっつうのに、すぐさま呼びつけやがって。雪でいけねえっつってんのに、そんなら歩いてくればだと?あの面一発ぶん殴りてえ。そしたらすっきりすんだろな。しかも事情もはなさねえで。もしもたいした用事じゃなかったら、ぶん殴る。ぜってえ殴る。
ぶつぶつとうなりながら、エドワードは殴りつけるように東方司令部軍施設の門扉を押した。
「ちは。大佐いる?」
扉の内側から暖かい空気がこぼれて、冷えた体にしみた。室内を覗き込むといつもの面々が一斉にエドワードを振り返った。兄弟を迎え入れる彼らは、軍人らしからぬ暖かい雰囲気で、何でここはいつもこんなアットホームなんだとエドワードは内心一人首を傾げた。
「大将お疲れさん。外すげえ雪だったろ」
口の端にタバコをくわえながら、ジャンハボック少尉がタオルを二枚もってアルフォンスとエドワードの頭に、それをかぶせた。身長といい、頑丈そうな体躯といい、エドワードがひそかに憧れている体の持ち主である。金髪を綺麗にかり上げて、軍人らしい精悍さとまるで近所のお兄ちゃんのような気安さを兼ね備えていて、とても話しやすい。わたされたタオルを素直に受け取って、エドワードは自分の顔と頭を乱暴にぬぐった。
「ほんとだよ。それもこれもあのくそったれ・・・いやいや、丁寧にいうならうんこたれ大佐が呼びつけるから」
「ほう。誰がうんこたれだと?」
背後から、地の底を這うような低音で返事が返ってきた。エドワードは苦虫を噛み潰したような表情で笑い、ゆっくりと振り返る。
「・・・・よう、ごきげんよう大佐」
「たった今までご機嫌はよかったのだがね。たった今までは。しかし君ももう15なんだからうんこなどと幼児のようなことを言うのはやめたまえ。仮にも私の部下が、ミルクを飲むような幼稚なことでは困る。あ!そうか、君はミルクが飲めないんだったっけね。通りで規格外に小さいわけだ。これは失礼した。前言を撤回しよう」
冷たい夜の色をした双眸が意地悪げに楽しそうに笑っている。その背後に腹心であるリザ・ホークアイを従え、上司であるロイマスタングは腕を組み、そこにいた。この狡猾な軍人の群れにあって、29歳という若さで大佐にまで昇進するだけある。そのいやみの言い方は、エドワードなどでは到底太刀打ちできないプロの領域だ。この上司はなまじ整った容貌である分、意地悪げな表情が様になっていてますます嫌みったらしい。
「てめえ、チビって言うなってゆってんだろうが!」
「これは失礼。ではホットミルクでも?それともコーヒー?」
「・・・ぐっ・・・・」
どちらも、エドワードの苦手とする飲み物だ。その底意地の悪さは確かに彼によく似合っている。
「ああ残念だなあ。ホットミルクならこの私じきじきに入れてやってもよかったんだがなあ、ああ残念残念」
嬉しそうに肩をすくめ、アルフォンスには優しげにタオルで鎧をぬぐってやったりしている。こんのやろう、と内心怒り心頭だが悪口の応酬で勝てるはずもない。
「そもそも、君はもうすこし上司を敬ったり出来ないものかね。容姿端麗頭脳明晰純情可憐で空前絶後の焔の使い手であるこの私によくもまあ、そう毎度毎度悪態をつけるものだ」
「・・・・前は、トイレで小火騒ぎ起こして怒られてただろ。その前は大事な書類に落書きしたまま提出して怒られてただろ。で、その前はチョコレート机ん中に溜め込んでて、溶かして書類だめにしちまっただろ。でその前は」
「いやいやいやいや!エドワード!そ、その話しはもういいんじゃないのかね?ほら、そのときのことを思い出すと、また中尉が・・・!意外にねちねちとあとで」
「・・・・だれがねちねちとしつっこい根に持つ怨念タイプですって・・・?」
ぎゃあ!とよほどで口から出そうになりながらロイマスタングは飛び上がる。
「いやいやいやいや!き、君のことじゃないとも!さあ、エドワード仲良くしようじゃないか。アルフォンスもまた今日は一段とオトコマエだ!」
「うーん。うれしくない」
アルフォンスも無邪気に無常に返事をする。
「どうせまた、書類溜め込んでんだろ。早くやっとけ、いい加減」
あきれたように上司を見上げる。この、すぐかっこつけたがるどうしようもない上司は、目を離すとすぐにサボろうとするのだ。大概大人気ない。
けれど、視線が合った途端エドワードは言葉を失ってしまった。
ロイは視線を落とし言いようがないくらい優しい目でエドワードを見下ろしている。
「・・しかし、久しいね、鋼の」
「・・・そーかよ・・。ついこないだ、帰ってきたばっかだろ」
「もう一ヶ月もたった」
たった一ヶ月だ、と返そうとしたのだがロイがやわらかく微笑んでいるのを見て口ごもる。この男は、時々こういう目で自分を見るのだ。普段の、皮肉げに嘲笑するような冷淡さをどこに隠したのか、優しい、やわらかい、あたたかい、そんな目で。冷たい夜の色をしている瞳が、人懐っこく笑う。言いたくないが、エドワードはこのロイの瞳が好きだった。何よりも雄弁に、それは暖かくエドワードに語る。こういう目で見つめられるたびに、ほっとする自分を感じる。帰るところなどないはずなのに「帰ってきた」と思わせられる力を持っているのだ。
ほんとうに、いいようがない。
この、今の男の雰囲気はなんという言葉で表したらいいんだろう。
こんな目で見られると困る。
いつも意地悪なくせに。
「あんま、じろじろみんじゃねーよ!減るだろ!」
「ああ、身長が?」
「・・・・っ!てめえ、いまにみてろよ!チビチビ言ってられんのも今のうちだからな!」
「根拠のない自信だなあ。はっはっはっは頑張りたまえ頑張りたまえ」
意地悪げに笑い、ロイは自分の椅子に深く腰掛けた。その物腰がまたいやみなほど優雅だ。
「しかし、本当にこの雪の中帰ってくるとは思わなかった。大変だったろう」
「だから申し上げたはずですが。この積雪は例年にない状況だと。エドワード君たち大丈夫だった?」
このいやみな上司も、さらに冷淡な腹心には弱いらしい。リザに一瞥され、ロイが怯えるのが小気味いい。
「かろうじて列車は通ってたからよかったけど。列車が動かなかったら歩いてこいとかいうんだぜ。俺等、大佐の用事で南に行ってたのに。大概人使いが荒いよな。な、アル」
「え?でも僕は南方楽しかったよ?あっちの図書館もすごく興味深かった。見たことない植物や動物も沢山みたし、兄さんだって花・・・」
「ああああああアル・・・っ!!な!たのしかったなあ!南方!あははははは」
途端にあわてたエドワードに、視線が集中する。それをごまかすように、一つ咳払いをし本題へとエドワードは先を促した。
「で、結局何のよう?」
「そういえば、私も聞いていませんが。何のようでエドワード君たちを呼んだんです?大佐」
「へ?中尉もしらねえの?なんか、雪で帰れねえっつったら、なら歩いて帰れっていうからてっきり急ぎの用事だと」
「急ぎの用事だ。急ぎの用事だとも。ただこんなに降るなんて思っていなかったからな。少し計算違いだがまあいい」
「・・・・で、なんの用事だ」
「・・・・・ここではいいにくいな。執務室へ行くか」
「はあ?ここではって、別にいつものメンバーじゃん。ここで言えよ」
「・・・・いやいやいや、何事も軍事機密というのは最小限の人数で言い渡されなければいかんのだ。信用云々ではなく、そういうものなのだよ、鋼の」
「?そーかあ・・・・?なら、いくか、アル」
そうしてロイが立ち上がった、そのとき。
ざわめきのようなものが、遠くから近づいてくる。ふと耳に入って、エドワードは顔をしかめた。
「なに?なんかうるさくねえ?」
「うん?・・・ああ、来たのか」
憂鬱そうに、ロイが顔をしかめる。その表情に不審を覚えて、エドワードは背後にいるアルフォンスを振り返った。
「なんだよ大佐」
「いやお偉方の視察だ。中央から将軍がいらしていて。まさかこんなにはやく着くとは。雪で時間を変更したのかな?」
それならそれで電話なりともすればいいものをと、本当に忌々しそうにロイがつぶやいている。それでいて、実際にそのオエラガタとやらの前に出ると、にこやかにお世辞交じりの追従が口を着いて出るのだから見事なものだ。まあ、けして目は笑っていないけれども。
「廊下に出て、挨拶しとく?」
「ああ、そうだなアルフォンス。鋼のもそうしなさい。覚えめでたくある必要はないが、悪くある必要もなかろう」
「ああーめんどくせーなあ、もう・・・」
しぶしぶエドワードはロイを先頭に、アルフォンスと廊下へ出る。が。
・・・・・もこもこ。
それが、エドワードとアルフォンスの一番初めに抱いた感想である。
「なに、あのもこもこ女」
真っ白な毛皮をまとって、幾重にも重なった複雑なレースのワンピースを着て、びっくりするような踵の高い靴をはいた女が見えるのは幻覚か何かだろうか。軍部において、ありえない格好の女は青い制服の人々に囲まれてひどく浮いていた。
「・・・・ここはとうほうしれいぶだよね?」
「・・・・俺らの頭がどうかしてなけりゃな。」
しかも恐ろしく美しい、若い女だ。二十歳前後だろうか。胸元までの長さの、透き通るような金髪は眉の上でまっすぐ切りそろえられている。ガラスのように大きな真っ青の双眸は少しきつめに、眦が赤く切れ上がっている。雪のように白い肌、小さな顔。唇は血のように赤い。長いまつげは小さく影を落とし、昔ウインリィがもっていた人形に似ていた。ガラスを瞳にはめ込んだ、陶器細工の人形。レースの豪奢なドレスを着せ替えて遊ぶ。
幾人かの要人を従えてその女は楽しそうに笑っている。
「人形みてえな女。なにあれ」
「でも、すごく綺麗な人だね!美人だー」
「そうかあ?なんかケバくねえ?」
「ねえ、大佐、あのひと誰ですか?・・・・って、大佐?」
こんなロイマスタングの表情を見るのははじめてだ。
ひどくヘンな顔色をしている。
たとえるならば、ゴキブリの死体を見つけてしまったときのような。
砂糖を塊で食べたような。
うんざり?いやいや?違うな、なんだろう。
「誰だよあれ。おい大佐。・・・・なに変な顔してんだ?」
「・・・・私はおなかが痛い。そういっておいてくれ」
おなかって。小学生かお前は、と突っ込みながら大佐を抑えようとしたのだが、そんな心配は不要だった。彼には恐ろしく有能な腹心がついているのだから
「大佐」
「ホークアイ中尉、私はおなかが」
「いまどき小学生でも言いませんよ、そんな言い訳。あれは将軍閣下のお嬢さんでは?逃げる理由がありません。そんなことをされては私たちの面子が立ちませんから」
うんうんと背後でハボックたちがうなずいている。逃げ場はないと悟ったのか、ロイはげんなりとした表情を引き締めなおした。
女がふと視線を上げ、こちらを向いた。
その目が大きく見開かれる。
は?と、エドワードが不審に首を傾げる。女の視線の先をたどる。自分の背後に注がれているのを知って、エドワードはもう一度女をみた。
「ロイ!」
大輪のバラが咲き誇るのに似たあでやかな笑みを浮かべ、女が優雅な足取りで近寄ってきた。
気がつけば間近で、アルフォンスが立ちふさがる格好のエドワードの袖をあわてて引いた。アルフォンスは小さく会釈をして、動こうとしない兄を無理やりひっぱる。
「すみません。ほら、にいさん」
エドワードを脇にひっぱり、アルフォンスも横に並ぶ。女は二人など眼中にないかのように、その赤く小さな唇からソプラノをこぼした。
「ロイ!・・・ああ、今は大佐?マスタング大佐、なつかしいわ!こんなところで会えるなんて」
ロイは、あきらめたように優しく笑う。
「リリィ。君がこっちに来ているなんて、知らなかったよ」
「父に同行してきただけだったのだけど。具合がよくなくて。こちらについてから倒れたものだから、私が代理でご挨拶にだけお伺いしたの。そしたら司令部の中を少しご案内していただいて。東方司令部にあなたがいること、父から聞いていたから、会えるかしらと思っていたの」
「本当に、懐かしい。きれいになったね、リリィ」
「ああ、ロイ!夢みたいよ」
女が親しそうにロイの手を取り、はしゃいだ声を上げた。ロイも困ったように笑い、首を傾げている。 その仕草がいかにも親しいもの同士のようで。
女の鮮やかな美貌はロイの隣でよく映えていた。見劣りしない整った顔立ちの男は,誂えた様に女によく似合う。美しい美しい女。
二人が恋人同士なのだといわれれば納得してしまうだろう。
誰かが腹の中に真っ黒なもやもやしたものを無理やり詰め込んだみたいだ。ひどく痛んだ。鋼の右手で、胃の辺りをぐう、とつかむ。
(なんかすげえきもちわりい)
(なんだこれ)
そのとき、ふと視線を漂わせ、女はエドワードを捉えた。真顔になりそれから。
笑った。
「ねえロイ。この小さい方はどなた?」
(ぎゃあ!)と、叫ぶのをアルフォンスは懸命にこらえた。
よりによって禁句を。しかし、こらえろーこらえろーこらえろーという背後の人々からの無言の圧力(呪い)がきいたのか、エドワードは怒鳴りださなかった。じっと、女をにらみあげて、手を振り払う。
ロイが彼女のほうを向いて柔らかく微笑んだ。
「リリィ、こう見えても彼は国家錬金術師でね」
「まあ。ではあなたが鋼の錬金術師?お会いできて嬉しいわ。お噂は、かねがね」
真っ白な手が差し出され、エドワードの機械鎧の右手を取った。
「こんなに冷えて。髪も濡れて。寒かったでしょう」
「べつに・・」
雪や埃で汚れた右手を反射的に引っ込める。憮然とした表情で小さく会釈をかえした。ロイに向かって短く問う。
「このひと誰」
「・・・口の利き方に気をつけなさい。この人は、南方司令部のクロムウェル将軍閣下のお嬢さんだ。失礼のないようにね」
「いいんです。私あなたと仲良くなりたいわ、とっても可愛い錬金術師さん。お会いしたかったわ」
「そう・・・・デスカ」
「うふふふふ。こちらが弟さん?はじめまして。私、リリス・クロムウェルといいます。これから何度か顔をあわせることがあると思うけれど、よろしくお願いしますね」
エドワードをひっぱっていたアルフォンスの右手を取って、リリスは首を傾げ、綺麗に微笑んだ。アルフォンスはあわてたように、頭を下げる。さらさら流れるリリスの金髪がほほをかすめ、エドワードは顔を思わず背けた。
「ねえ、ロイ。一緒にご案内していただける?私はなしたいことが沢山あるわ?長くはわがままいわないから。宿まで送っていただけるかしら」
「ああ、いいよ。私も久しぶりに会ったんだ、君の話を聞きたい」
リリスは当然のように右手を差し出した。それを、なんのいやみもなく男が受け取る。その仕草が妙に気に障り、エドワードは視線をそらした。
「では鋼の。司令室で少し待っていなさい。彼女を送ったらすぐに戻るから」
「・・・ああ」
立ち去ったあとに、ほのかに香るにおいは彼女の香水らしかった。アルフォンスがうっとりとしたように、ふうとため息をついた。
「なんか、ほんとにお人形みたいに綺麗な人だね兄さん」
「・・・そうかよ」
「にいさん?どうしたの?なんか変な顔してる」
「べつに、どうもしねえよ」
ハボックがひょこ、と首をのぞかせて立ち去った一群を目を細めて眺めた。
「お、いったな。ったくぞろぞろと」
「なんか女王様みたいな人でしたねー!」
「中央に覚えめでたい将軍のお嬢様に心象よくしとこーって腹なんだろうけど、朝っぱらからうっとうしい。ついでにあちこち見学させてまわって。仕事になんねえよ」
がしがしと頭をかいてハボックは、心底うんざりというふうに顔をしかめている。
「なんか、肉食獣みてえな女」
「兄さん、失礼だよ」
お上品なわりに、舌なめずりの似合いそうな。
「絶対性格悪いぜ、あの女」
「元カノなんだと」
「え?」
もとかの。うまく字が当てはまらずに、エドワードはハボックを仰ぎ見た。
「リリィつってたろ?大佐が前、付き合ってたらしーんだこれが。士官学校ではもう、伝説のラブストーリーだぜ」
「えええええ?!」
「・・・あっそう」
(・・・気持ちわりい)
吐き気を覚えて、エドワードは胃の辺りを、また強くつかんだ。