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 乱暴に合わされた口付けはかみつくようで、呼吸をすることすらままならない。抗うことすら忘れて、エドワードはロイにしがみつく。エドワードの左手首を押さえつけて、ロイは片手で、自らの軍服のボタンを引き千切るように乱暴に寛げる。口付けたまま、上着を脱ぎ捨ててエドワードの背後へ投げ捨てた。
「・・・・っ」
 性急に求められて、混乱する。妙にかび臭い匂いが鼻を突く。光源の少ないこの部屋では、男の表情がよくわからなかった。
「・・・・たい、さ」
 呟きすら許さないように、ぬるりとした舌がエドワードの上顎を舐め上げた。粘膜の触れ合う、ぐちゅぐちゅとした粘着音に耳を塞ぎたいけれど、片腕ではそれも叶わない。唇はやがて耳たぶに触れて、首筋を辿った。きつく吸われて、小さな痛みがそこへ走る。けれどその痛みは、腰の奥を疼かせて、エドワードを戸惑わせた。
「や・・・・・・・・ちょっと、大佐!」
 うろたえた声で名を呼ぶのに、返事もせずにロイはキスを降らせる。余裕のないロイマスタングなど、知らないと思う。見も知らない男に抱かれているようで、恐ろしいとすら思う。
 ロイはエドワードを抱きしめるように抱えあげた。軽々と持ち上げられて、流石に平素ではいられずにエドワードはわめいた。
「・・・・・・・っに、すんだ!」
 ロイは答えずに、床に広がる自らの軍服の上にエドワードを横たえる。一瞬鼻先を、ロイの香りが掠めて背筋が震えた。
「はじめてがこんなところで申し訳ないが」
「・・・・・・・・・はじ、めてって」
「はじめてだろう?違うか?」
 言葉の意味がわからないほどに幼くはなかった。声がみっともなく裏返ってしまいそうで、声を出すことがためらわれた。変わりに幾度か首を上下に振って見せる。
「よかった」
「・・・・・・・・・なにが」
「・・・・・・・でなければ、今すぐにあの男を殺すところだ」
 誰を指しているのかは聞かずともわかった。そしてその言葉はいつもの軽口のような響きを伴わず、この男は本気なのだとエドワードは直感する。ロイは囁きながら、エドワードのシャツの下に指を這わせる。
「いずれ殺してやる。約束する」
 殺すなんて、そんな言葉を言わせたかったわけじゃない。けれど、胸元をまさぐる指先に翻弄されて声も出ない。ひやりとした指が、なにか生き物が蠢くのに似て這いずる。誰かに触れられたことなどない、胸元の紅い乳首を押しつぶすように親指で弄られる。
「・・・・・ぁ、や・・・・」
 漏れる声は自分とも思えないほどかすれて頼りない。羞恥に、到底ロイを直視できずに片腕で顔を覆う。
「まって・・・・・大佐、なあ・・・っ、お、オレいかないと・・・今は駄目だって・・・っ」
「待たん。行く必要はない」
「そんなこといっても・・・・っ!ア、アンタの立場が・・・」
「おまえのような小僧に心配されるほど落ちぶれてはおらん。・・・はじめからいらん心配だ。バカたれが」
「んなこと・・・」
「お前は人の気も知らず」
 ベルトを引き抜かれて、わずかに腰をうつ。余裕のない所作に、どれだけ今自分が求められているのかを知る。掌が腹を辿り、下着の中に入ってきた。指先で、既にたちあがりはじめていた器官を擽られて、鼓動がうるさいほど跳ねた。
「私が、どれだけ」
 続きの言葉は与えられなかった。心配したとおもっている、と言葉にされずとも伝わって、エドワードは眼の奥が痺れるように熱くなるのを感じる。歪んだ視界の中で、ロイの表情はわからない。けれど、いつも尊大で傲慢だったこの男に、そんな言葉を言わせたのだと思えば、たまらなくなる。 
 今の自分と、同じ気持だったんだろうか。
 同じ気持で、いたのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・お前は、誰にも頭をたれるな。跪くな。従うな。心まで屈するな。そんなもの見せられる方の身にも成れ」
 逡巡の末に渡された言葉に苦痛が混じる。たまらず、エドワードは嗚咽を飲み込む。
「・・・・・・・大佐、大佐、たいさ・・・っ」
 片腕で、ロイを抱きしめることは容易ではない。けれどエドワードは子供のようにしがみついた。自分から、どうしたらいいのかわからないままに唇を合わせる。拙い口付けは、それでも男を揺らしたのか深い口付けが返された。蹂躙されて、眩暈すら覚える。
「ど、どうしたらいいとか・・・お、オレわかんね・・・っ」
 体中が悲鳴を上げているようだ。快楽に翻弄されて、体をむちゃくちゃに押し付けてしまう。どうにかして欲しくて、男に助けを求める。
「どうしよう、大佐・・・どうしよ・・・っ」
「・・・・・・・・大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい」
 明りの灯るような、温かい声だ。エドワードがずっと聞きたかった男の声だ。帰ってきたかのような錯覚に陥って、喉もとから苦いものがこみ上げた。
 伝わればいい。どれだけ、自分がこの男を愛しているか。
 こうして指先から、熱の伝播する皮膚から、ちゃんと伝わればいいのに。


 帰ってきたかった。
 かえってきたかったんだ。
 オレはずっと、あんたのところに、帰ってきたかったんだ。





 郷愁が、時折心臓を握りつぶす。



 あのなだらかな緑の稜線続くあの村へ、いつか帰りたいと切に願う。
 朝焼けの胸を焦がすあたたかさや、夕闇のぞっとするような一日の終わり。
 笑顔は断片のようにしか思い出せない。あのうつくしい笑い声は誰のものだったんだろう。
 台所の匂い。
 眠りに落ちる寸前の心地よい浮遊。
 夜空には満天の星。
 けして幸せばかりを与えてくれたわけじゃないけれど、自分たちにとってリゼンプールこそがいつかかえる場所なのだと思っていた。
 未来のことをよく夢に見る。
 自分たちはなぜか幼い頃の、あの姿のままであのむせるような草いきれの中を走り回る。
 泥の感触さえリアルで鮮明で、小さなアルフォンスが自分の手をひいてどこまでもいこうと笑う。



 なのに。この安堵はどういうことだ。
 オレにとって帰るべき場所は、あの故郷以外になかったはずなのに。
 いつの間に、こんなに、



 大きな存在に。




「・・・・ひ」
 こぼれる悲鳴を押し込んで、左手の指を噛む。男の口中で嬲られているエドワードの未熟な性器は、限界が近い。はちきれそうに蜜を零して、男の愛撫に震えている。
「・・・・・いさ、もう、やだ・・・・・ぁ・・・・、出る・・・っ」
「いっていい。出せ」
 短い命令に素直に従うことなど、到底出来ずにいやいやと幼子のようにエドワードは首を振った。その部分は熱を持ってしまって、我慢はそう聞きそうにもない。荒れ狂うような吐精の衝動に、びくびくと足先が、内腿が震えた。背中にしかれた軍服を助けを乞うように、強く握り締める。ロイが舌先を尖らせて、性器の割れ目に捻じ込む。唾液を溜めてぐチュぐチュと口中でかきまわす。
「・・・・・・っ」
 悲鳴に似た嬌声を堪えて、エドワードは達した。びゅく、と精液を漏らす肉棒を、それでも許さずにロイは幾度も扱き立てた。
「はな・・・・・せ・・っ」
 力の入らない指先でロイの頭を引き剥がそうと触れる。しかし男はきかずに、ゆっくりと舌先を、禁忌の箇所に伸ばした。想像もしなかった場所に熱くぬるつくものが触れて、エドワードはびく!と体を揺らす。
「な、なに、大佐、やだ・・・・!」
「大人しくしていたほうが懸命だぞ。ほぐしておかねば、つらいのはお前だ」
 精液の独特のにおいが鼻をついた。
 ロイの口の中にだした、自分のものだと思うといたたまれない。
(大佐が。大佐がオレのを)
 思考はうまくまとまらない。出したばかりなのに、再び性器は熱を持ち始めている。自分が酷い淫乱にでもなってしまったかのようだ。
 唾液と精液の混じったそれのすべりをかりて、きつく閉じる下肢の蕾にロイの指が差し込まれる。ぬるつく淫液は、簡単に指が胎内にもぐりこむことを手伝った。何かがせりあがりそうな感覚に背中で逃げるけれど、すぐに足首を掴まれて引きずり戻される。
「いっておくがな。私はそんなに節操があるほうじゃない。今更やめろといわれても、止まらんぞ」
 低い、情動を孕んだ声にすら反応してしまう。指先にまで血が集まってどくどくと鼓動を鳴らす。
「・・・・・・さい、てい・・・っ」
 いっそう深く指を差し込まれて、中を弄られて、途端に痺れるような射精感が体の奥から湧き上がる。
「ここか?」
 とその一点を捉えて、ロイは何度も指先を差込、引抜を繰り返す。
「ひぁ・・・・っ」
 増やされた指が、襞をなぞり、中を濡らす。
 ぐちゃぐちゃにかき回されて、内臓を引きずりだされそうな恐怖を覚える。けれど、ごまかしようもなく快楽を感じていて、耐えられずにエドワードは指を伸ばした。
「・・・・・・・・むり・・・・!大佐、中がきもちわるい・・・っ」
 生理的にこぼれた涙を、ロイがぞろりと舌で舐めあげた。
「・・・・・入れる」
 告げられた言葉の意味は、すぐにわかった。視線をさげれば、腹につくほど勃起しているロイの肉棒が、その手に握られている。それが自分の蕾にあてがわれた感触に、エドワードは小さく悲鳴をもらした。
「・・・・や・・・っ」
 けれど逃げようとする腰を許さずに、ロイの両手が捉える。先端がもぐりこんでいく感触は、先ほどまでの指とは全く違っている。圧迫感に、体の力を抜くことが出来ずに硬く身を縮める。
「すぐによくしてやる・・・・・力を抜け」
 ロイはけして口数も多くなく、エドワードの体を蹂躙していく。なぜ、と問うことも、やめていた。
 ただたんに、欲望に流れされているだけなのかもしれない。本当は、何の情も介在していないのかもしれない。この男は、オレのことなどなんとも思わないままに、抱こうとしているのかもしれない。
 けして甘い言葉も、何の告白もないけれど。
 けれどもともと一つだったものが引き合うように、強く強く求められていることがわかる。求めていることがわかる。
 その感情の前には、なんのいいわけも無力だ。
 大事な儀式をしているようだった。
 何かを確かめていくような大事な作業だと、知った。
「・・・・・・ぃた・・・っ、いたい・・・」
 受け入れるようにつくられていない、その器官への負荷は思ったよりも大きい。息をつくことも難しいほどの、味わったことのない痛みが下肢を襲う。けれど拒みきれずに、ゆっくりとした進入を許してしまう。体の中で、形すらわかりそうだ。肉が交わるその生生しさにエドワードは息をのむ。
「きついな・・・・」
 呟き、ロイはそれでも動きをやめない。本当に少しずつ、その狭い箇所に、自身を押し込んでゆく。
 いつの間にか、自ら腰を押し付けていた。苦痛をこえて、交わりたい欲望がある。こうして繋がっていてさえ、二人の間に皮膚があることを、邪魔だと思う。また離れてしまうようで。
 もっと、とさえ叫んだ気がする。
 記憶は定かではない。
 じゅぷじゅぷと泡だった音を聞かせながら、繋がった部分を何度もかき回されて、最後には腰を振ってねだった。足をみっともなく開いて、ロイにしがみつく。何度射精したのか、覚えていない。エドワードの白い腹の上に撒き散らされた精液がどちらのものなのか、最早判別も出来ない。二人の体の間で、その溶け合った淫液がぬちゃぬちゃと厭な音を立てた。眦の涙を嬲られて、いっそう興奮したことを覚えている。ロイが扇情的に眉を寄せて、切羽詰った表情をして、ひたすら求めてくれるのが嬉しかった。首筋から滴る汗がエドワードの頬に触れた。
 気を失う最後に見たのは、薄汚い天井だった。
 けれど、怖くはない。
 体はまだ、彼と繋がったままで。
 ロイが、愛していると呟いてくれた様な気がしたから。