ちいさな恋のはなし
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「あんいや大佐きもちいいオレもういっちゃうよう大佐のおっきいんだもんああんでもぬかないでそのままもういっかいして」とかわいらしく喘ぐのは、久しぶりに逢瀬を重ねた恋人だ(これは大佐の主観であり、事実を曲解し歪曲しポジティブに変換したエドワード・エルリックの発言です。)。
未成年の恋人(性別・男)をおひざに乗せて、ロイマスタング地位は大佐はご機嫌だった。長旅で、彼もそれなりにロイに飢えていてくれたらしい。いつもほどの抵抗もなく、服を脱がせて、お風呂に一緒に入り、ベッドの上で『淫行罪』と世間様では呼ぶ行為に及んでいたときのことだ。羞恥に頬を染めるエドワードの両足を大きく開かせながら、ベッドに腰掛けて背後からなんどもゆすりたてて、けれど嫌がりもせずに腰を振るあまりの恋人のはしたなさにロイはにこにこと笑っていたのだ。そこまではよかった。最高によかった。射精するくらいよかった。というかした。
その際に、手が滑ったのだ。
エドワードの太ももを抱えていた指先が両方とも。思わず。
当然、小柄なエドワードといえども、繋がった部分だけでロイの膝に常駐できるはずもなく、引力の法則に従って床へ向かって落下した。後頭部から。盛大に鈍い音をたてて、エドワードが床にたたきつけられた瞬間、ロイは呆然とそれを見下ろしていた。
ああ意外に、人というのはこういうときにどう行動してよいのかわからないものなのだなと、無能というありがたくないあだ名を証明するようなことを考えて、ロイマスタングはおろおろとベッドの上で何故だかシーツを握り締めた。
「・・・違う、大丈夫か鋼の!!」
気がついて、慌ててちいさな恋人を助け起こす。後ろ頭に手を差し込めば、早速大きなたんこぶが出来つつあった。酷く強打している。動かなさないほうがいいなと思い、とりあえずこの格好のままでは救急車も呼べないと、手早くエドワードの下半身の始末をする。パンツをはかせ、衣服を着せている瞬間は、おのれがものすごい変態になったような妙な背徳感にかられてロイはわずかに動揺した。
こういうときは。
あれだ。
すぐさまベッドサイドに置かれた電話に飛びついて、ある番号をまわす。
ロイにとっての私的119番である。
「・・・・・中尉?あのな、ちょっとものは相談なんだが・・・・は?いや違う、書類をごまかしたとかそういうことじゃなくてだな、え?御菓子?いや、御菓子なんて・・・・・・あ。・・・・・・・・・・・・いやまあとにかくちょっといまな鋼のが後頭部を強打してな。なんでかって・・・・・・・手が滑って?いや違うな!まちがえたな!鋼のだ!鋼のが足を滑らせてだ。うんそうだ。バナナ?ああ・・・そう!バナナの皮だ。・・・・・・・どうしてわかった?そ、それはとにかく置いておいて!こういうときどうしたらいいんだ?名前を呼ぶ?名前を呼んで・・・・それから?そうか。では意識が戻らなければ、すぐに119番だな。うん。わかった」
受話器を置き、ロイは振り返る。横たわったままのエドワードの傍らに走り、体をゆすらないように腕に触れてみる。
「鋼の、鋼の!エドワード。おい!大丈夫か?」
「・・・・・・・・・んん」
小さくうめいて、エドワードはわずかに眉を寄せた。痛むのだろうかと思い、ロイは額に手を触れる。
「しっかりしろ。意識は?あるか?」
「・・・・・・・・・っつー・・・・」
身をよじり、ごろりと横になりながらエドワードは後頭部に手を当てている。覚醒したその様子に安堵しながら、ロイはため息をついた。
「意識は戻ったか。全く驚かせる・・・・。鋼の。自分の名前はいえるか?ここはどこだ?私は誰?」
冗談のつもりで。おどけた調子でそう問う。
エドワードは顔をしかめながら、ゆっくりと体を起こした。起こして、後頭部をさすりながら、きょろきょろとあたりを見回す。目の前のロイにやがて視線が止まり、どこか不審そうな顔で名前を口にした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えどわーど・えるりっく」
妙に幼い舌ったらずな喋り方はかわいらしい。寝ぼけているときのエドワードはいつもこうで、ロイを喜ばせている。なんだ寝ぼけているのかと、続けようとしてロイは固まった。
「ここどこ?あんただれ?おじさんどうしてはだかんぼなの?」
「・・・・・・・・・・・またまた。冗談、」
「おかーさんは?」
そんな軽々しく聞かれても、お前の母親は病死してそのあと人体錬成しようとして失敗したじゃないかなにを言ってるんだなどといくらロイでもいえる訳がなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おかーさんは?」
「鋼の?あのな。・・・・・・・なに?ええ?」
「おかっ・・・・・お・・・・・ひっ、ひ、」
みるみる間に顔をゆがめて、エドワードは下唇をかんだ。理知的だった金色の双眸は見たこともないほど潤んで今にも雫が零れてきそうだ。なす術もなく、ロイは再び呆然と口を開くばかりだ。
「うええええええええええええっ!おかあさあああん!」
びええと泣き出したエドワード・エルリックなど想像できるだろうか。驚きを通り越して気持悪くなってしまったロイは、言葉を継ぐことが出来ない。そもそも全裸だった。どれを優先するべきか頭の中で考えるけれど答えは出なかった。
「えー・・・・・・」
「びえーーー!!」
「あっはっはっはっは」
ぎゃあぎゃあ鼻水をたらしながら泣き喚くエドワード。
なぜか笑うロイ。全裸で。
事態は混迷を深め、ロイが正確に状況を理解したのは日付が変わってからのことである。
服を着たのはその後で。