先に部屋で待っているといったその人の言葉を、本当に自室の扉を開けるまでは信じていなかったように思う。震える指でそっとドアを押す。薄暗い室内の、壁際に寄せられた粗末なベッドの上で、所在なさげに片膝を抱える小柄な人影を見つけて、エレンはそっと息を吐き出した。
やべえ。
本当に、いる。
夢じゃねえよなと急にどきどきと跳ねはじめた心臓の音が煩い。
「遅くなってすみません」
声をかけてもリヴァイは伏せた視線を上げようとはしなかった。ベッドのシーツの皺を眺めては指先でその皺を伸ばしたり摘まんだりしている。声が震えてはいなかっただろうか?部屋に入り、どうか大きな音がしませんようにと祈りながらドアに鍵をかける。かちゃりという音が思いのほか大きく響いて、背筋が震えた。
まさか間違えてねえよな?とふと不安になる。夜に、一人で、忍んでくるということの意味を、俺もこの人もどうかはき違えていませんように。
それってつまりそういうことだろ?いいんだよな?だろ?と誰にともなく心の中で確認してしまうのは不安だからだ。あのリヴァイ兵士長がエレンのベッドの上で、エレンが戻るのを待つ、というその構図は今もって夢のようで、信じられない。
好きだと告げたのは本当にうっかりだ。よろけた先にリヴァイがいて、思わず抱きすくめた挙句、いい匂いがするだとか思ったよりちいせえとかうなじが妙に色っぽいとか抱き寄せた腰の細さとか上から見下ろしたときにまつ毛がすごく長いとかそういうものに舞い上がってしまった。加減出来ずにギリギリと渾身の力で抱きしめながら好きですと怒鳴ると下からアッパーカットを食らった。それから、卒倒したエレンにかがみこんだリヴァイが一言、分かったといった。わかった?何が?と混乱するエレンの襟を乱暴につかみ、口づけられたのは一か月も前のできごとだ。リヴァイの、あの少し冷えた唇の感触は思い出しただけで下腹が熱くなる。けれどそれきりリヴァイと二人きりになる機会などなく、エレンのした告白のことなどとうにリヴァイは忘れたのだろうと思っていた。あの口づけもただ一度の気まぐれで、きっと意味なんてなかった。思い出すだけでこんなに高揚するのに、多分駄々をこねる子供にやる飴玉のようなものだったんだろう。
それなのに、今日突然立体起動の訓練中、夜、先に部屋で待っているからと艶のある声で囁かれてエレンは無様にもバランスを取り損ねて落下した。聞き間違いかと何度見返しても、顔色一つも変えないリヴァイに、とうとう幻聴が聞こえ始めたのかと落ち込んだものだ。
でもちがった。夢じゃなかった。
だから、つまりそういうことだよな?
ごくりと唾を飲み込む。歩き方すらわからなくなり始めていて、どちらの足を出すときにどちらの手を振るのか教えてもらえるものなら教えてほしい。ぎくしゃくベッドに近寄り、片足をかける。固いベッドがぎしりと軋んで、それが妙に気恥ずかしい。
「兵長?」
「おせえ」
待ちくたびれちまったじゃねえかといつもと変わらぬ平坦な声が、それでもエレンを待っていたのだと教える。視線は合わない。リヴァイはずっとベッドシーツの皺を見つめていた。その首元が妙に寛いでいることに気が付いた。いつもならスカーフできっちりと隠されている鎖骨が、今日は第二ボタンまであけられたシャツの胸元から覗いている。襟足の毛先が少し濡れて雫が滴っていた。そういえば石鹸の香りもする。ふわりと漂うような、きれいな匂いにいやがおうにも興奮した。エレンがそうしたように、この人もここに来る前に水を浴びてきたのだと、その姿を想像して期待してしまっている。
「兵長…っ」
しがみつくような必死さで、細い体を抱きしめる。抱き寄せるエレンに抗おうともせずに、リヴァイが身を任せた。そうしていながらもなお信じられないエレンは、自分を臆病だとは思わなかった。だって誰が信じられるだろう。この人が俺のものになってくれるなんて。
「・・っ、いてえ」
「すいません・・・っ」
ぼそぼそと呟かれた言葉に非難の響きはない。抱き寄せた体を恐る恐る引きはがし、エレンは震える指でリヴァイの顎を掴んで仰向けた。
「兵長、抱いていいですか」
しつこいほど確認してしまうことを許してほしかった。真摯なエレンの問いにリヴァイがようやく視線を合わせた。
「・・・てめえは、俺が何をしに来たと」
思ってんだ、とリヴァイが言い切るのを待てなかった。その薄く色のない唇から目が離せなくなる。体の芯が焼けるほど熱い。唇でリヴァイの下唇をやさしく食む。ずっとこうしてみたかった。舌でなぞり、そっと口中に差し込むと冷えた唇と対照的に、リヴァイの口中は暖かい。ぬるりと舌の先端が触れて、あとはもう貪るように口づける。
「・・・っ、ま、・・・っ」
「兵長、・・っ」
荒い呼吸とキスの音。眩暈がしそうだ。
口づけることをやめられずに、そのままリヴァイをベッドに横たえた。口づけたまま、男のシャツに手をかける。ボタンを一つ一つ外すことがこんなにもどかしいなんて思わなかった。さらりとした肌が指に触れて、それだけで達してしまいそうだ。既に下肢は窮屈にズボンを押し上げている。リヴァイの上着を脱がせて、ようやくエレンは唇を離した。膝をついたエレンの足の間で横たわるリヴァイの薄い腹だとか、呼吸も荒く上下する胸板だとか、乱れた前髪だとか、そういうものがすべて視覚に訴える。慌てて自らの上着を脱ぎ捨てようとしたけれどうまくはいかなかった。
「あれ・・・っ、すいません、なんか、俺、指が震えて」
目の前が真っ赤だ。リヴァイにみられていると思うと、ますます急いてボタンがうまく外れない。じわりとかいた汗が手のひらを濡らした。全身が燃えるようだ。
「・・・かしてみろ」
体を起こしたリヴァイが指を伸ばす。ボタンを引き千切らんばかりに力が入ったエレンの指先をつ、となぞり、それから器用にエレンの上着を脱がせていく。
「下は自分でやれ。そのぐらい出来るだろう、糞ガキめ」
「・・・っ」
(わら・・・っ)
「笑った?兵長、今、」
「笑ってねえ。・・・いいから、早くしろ馬鹿。愚図。間抜け。ガキ」
そのまま延々と続きそうな悪態も気にならない。確かにリヴァイは僅かに笑った。信じられない。この人が。笑った。楽しそうに。
「俺・・っ、もうやばいです。なんかもう、やばい」
「・・・知るか」
はあ、と艶めいた溜息をついて、リヴァイがベッドに体を投げ出した。無防備なその姿態は扇情的で、子供を簡単に虜にする。自らのズボンのベルトを引き抜いてチャックを下ろすと、すでに固く立ち上がる性器がエレンの腹についた。リヴァイにみられていると思うとたまらなかった。先端がぬるついていることに、どうか兵長が気づきませんように。滴りそうなほど先走りで濡れたペニスは子供の経験のなさを教えるようで、気恥ずかしい。
「・・・っでけえんだよ」
ふいと視線を逸らしたリヴァイをかわいいと思ってしまうのは、惚れた欲目だろうか。
「みてもいいですか」
「だから、いちいち許可とるな馬鹿」
リヴァイの細い腰に巻かれたベルトに指を伸ばす。その下がわずかに膨らんでいることに気が付いて、ごくりと息を飲んだ。乱暴にベルトを引き抜き、ズボンを寛げる。下着を押し上げるそれを、味わいたくてしょうがない。くそ、と呟くリヴァイを尻目にズボンをその両足から抜き取る。すらりとしたきれいな筋肉のついた体に、立体起動装置のベルトの痕が残った体は滑らかで美しい。シャツの袖を通しただけのリヴァイを組み敷いているのが自分だということが、エレンはいまだに信じられなかった。
「すげえ」
そっと掌で腹に触れる。平らなその部分を撫で、そのまま下へ降りる。親指で薄い下生えを弄ると、リヴァイが息を詰めた。淡い茂みに立ち上がった桃色の性器は果実のようだ。嫌悪感はない。誰に教えられたわけでもなく、そっと唇で腹に触れ、それからそのままペニスに口づける。ちゅ、と触れるだけのキスに、僅かに粘ついた糸が引いた。
「・・・っ、くすぐってえんだよ・・・」
「濡れてる」
舌先を伸ばして、ペニスの先端をくすぐると、先端の小さな口からぬるぬるとしたものがこぼれる。たまらずに舌を茎に這わせると、リヴァイの両足が震えてわずかに腰が引けた。それを逃がさず、両足を捕らえて、エレンは弱い抵抗に逆らい、リヴァイの両足を押し広げた。屈辱にか、生理的な反応なのかはわからないが閉じようとする足を許さない。押さえつけたままエレンは舌を伸ばす。ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め啜る酷い音が室内に満ちた。
(きもちいいんだ)
(俺なんかで)
びくびくと声もなく震えるリヴァイが、喜んでくれていると思えばうれしい。当たり前だが、こんな真似はしたことがない。上手くはないだろう。必死に舐めたり先端を吸ったりを繰り返す拙い愛撫に、こんなに反応を返してくれるリヴァイをいとしいと思う。
「気持ちいいですか?教えてください、兵長」
「・・・るせ・・・・、も、それ離せ・・・」
「嫌です」
ぢゅ、と強めに吸うとリヴァイの背が跳ねた。シーツを掴む指先が白い。ああやばい。エロい。入れたい。
両手で押し広げた両足の奥、唾液で濡れて滴る蕾はひくひくと男を誘っているようだ。赤く膨らむ襞に触れたくてしょうがない。触れてもいない自らの腹についたペニスが期待に濡れている。エレンはそっと指を這わせた。最奥のその部分にそっと触れ、
「オイ」
るか触れないかというタイミングで底冷えのするような声と同時に側頭部に衝撃が走った。体を起こしたリヴァイに殴られたのだと分かったのはずいぶん時間がたってからだ。
「てめえどこ触ってやがる」
「・・・・・・・・・・・・えっ」
「きたねえだろ、殺すぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ」
呆然と殴られた頬を押さえながらエレンは顔面を蒼白にして真剣にぶち切れているリヴァイを見返した。その顔のどこにも冗談の気配がないことにさらにびっくりして、二の句が継げない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええっ」
「なんだあほ面しやがって。てめえが触ったのがどこだか分かってねえのかこの糞ガキ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ええええええええええ」
「次やったら殺すぞ。いや、殺さねえ。むしろ生かす。全身削いで、治ったらまた削ぐ」
「いやいやいや・・・・・兵長、なにいってんですか、あれ?触るなって言われても、あれ?俺、抱かせてくださいって言いましたよね?あれ?」
「だからチンポ触らせてやっただろうが」
今ならその眼光で目玉焼きくらいなら焼けそうな勢いで、リヴァイが睨みつける。お互いの言い分に決定的な齟齬があるような恐ろしい予感に、エレンは目を背けることしかできない。うそだろ。まさかそんな。
「抱くっていう意味、分かってます?」
「ああ?」
「・・・いや、だから・・・ちょっとすいません、怖いんでこっち見ないでもらえますか」
出来れば天井のシミの数でも数えていてほしい。睨むというよりその圧迫感につぶされそうなリヴァイの視線はある意味凶器だ。
「チンポ握ったり触ったりすんだろが。お前が舐めだしたときは正直引いたが」
若い奴の間でそういうのはやってんのかと思ってと、それでも大人しくしていたほうなのだと教えられてエレンは絶句する。
うそだろ。
「・・・・・・・・・・・・・兵長ってもしかして」
童貞ですかとはっきり聞ければどんなによかっただろう。いや、人のことは言えない。自分も童貞だ。馬鹿にするとかそういう意図は一切ない。むしろ僥倖ともいえる。この人の初めての相手になれる。それは信じられない奇跡だった。奇跡だ。奇跡なのだが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・女としたことありますか?」
「ねえ」
即答するリヴァイに後ろめたさはなさそうだった。むしろ偉そうですらあることが不思議だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・えっと、チンコ突っ込むのがセックスだってことは」
知ってますよね、と言おうとした言葉の先を遮られたのはよかったのか悪かったのか。
「それは男と女の場合だろう。女にはしょんべんする時の穴が開いてて、そこに突っ込むんだろ」
「えっ」
「・・・・・え?」
衝撃の尿道プレイを偉そうに教えられて再びエレンは絶句する。うそだろ。何この人。真実を教えるべきかどうか一瞬判断に迷ったエレンは、猥談の大好きな平均的な15歳男子だった。けれど兵長にそんな知識必要ないだろうと決めつける当たりの心の狭さもやはり平均的な15歳男子だ。
「まあそれでいいです。いいですけど、男同士は、」
「入れる穴なんてねえだろ。馬鹿かお前は」
「・・・・・・・・・・・・いやだから、男同士は、ケツを使うらしいです」
「てめえ、エレンよ。俺が何も知らねえと思って」
「兵長、すぐ殺そうとするのはやめてくださいって・・・っ」
「そんなわけあるか」
うそだろ。
「・・・・・や、なんか、そうらしいです。わかんないですけど、聞いたことがあって。同期の奴に、そっちがいて」
「どっちだ」
「いやだから、そっち系で」
「・・・・・・・・・てめえ、やっぱりバカにしてるな」
盛大に濁音で指の関節を鳴らすのはやめてほしい。細いだけではなく、しっかり筋肉がついたうえでのその体躯なのだとようやく思い出したエレンは、いっぺんに股間を萎ませてひきつった笑顔を見せる。
「いや、ほんとですって。男同士だと、そこに入れるって」
「・・・・・・・そんなわけあるか」
「本当です」
とんでもない変態を見るような目で、リヴァイがこちらを見ている。
「エレン、お前はしらねえだろうが、そこは出すところで入れるところじゃねえ」
「・・・・・・・知ってます」
「てめえは口から糞が出んのか?それともケツからパンを食うか?よし、やって見せろ」
求められたわけでもないのに正座をしてしまうのは、躾けのたまものだろう。姿形は先ほどまでのリヴァイと寸分も変わらないのに、今はただ恐ろしい。けれどここで引き下がるわけにはいかなかった。絶対に。自分で言うのもなんだが、執念深いほうだ。
「兵長?オレを信じて、少しだけ触らせてくれませんか」
「よし、先に糞を出して見せろ、できねえなら口から腸まで直通の穴開けてやるから口開けろ」
「ちょっとだけ」
「だから、」
「本当ですみんなやってます。兵長だけです、知らないの」
「・・・・・・・・・・そんなわけ」
「いっぺんにとはいいません。指だけでもいいですから」
「てめえ、」
「怖いんですか」
大きすぎる賭けに出たエレンは、それでも引くわけにはいかなかった。
「・・・・・・・・・・ああ?」
「人類最強の、リヴァイ兵士長が、指一本突っ込まれるのが怖いと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「痛かったら、すぐやめますから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっとずつ、ならしていきましょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
やべえ、これほんとに少しでも痛かったら殺されるなとエレンは思った。ほぼ切れている綱の上を渡るような危うさは承知の上だ。だが兵士たるもの、絶対に引けない戦いがある。
死を覚悟しながらリヴァイをもう一度ベッドに横たえ、エレンは遺書ってどうやって書くんだろうとぼんやり考えていた。
**********
「やあリヴァイ、ところでエレンと寝てるでしょう!」
快活に笑うハンジの顔面を殴りたい。けれどさすがにそうもいかず、いつもの手を使うことにした。つまり無視だ。
「あれ、無視していいの?やだな、ちょっと話を聞かせてほしいだけだってば」
ぐいぐいと人気のない部屋に押し込まれるのに抵抗できなかった理由は一つだ。「エルヴィンにいっちゃお」と囁かれては、リヴァイになすすべはない。何も困ることなどないが、あの清廉潔白な説教好きに知られると少々面倒なことになりそうだった。部下の、それも15歳に手を出したと知られれば小一時間の正座を覚悟しなければならない。
「寝てねえ」
「嘘ついても駄目だよ!エルヴィンにいおう!」
「だから、寝てねえ」
「またまた。そんなわけないでしょ?むかしっから下半身ゆるっゆるのくせに」
「・・・・・・・・・寝てねえっつってんだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ、本当に?え?え?でもなんか、二人してべたべたしてるし、こないだエレンの部屋から深夜出てくるあなたを見たよ」
「まだ指一本しか突っ込ませてねえよ」
「・・・はあ?指?なんで指?嘘でしょう?リヴァイがやってないわけないよね?もういいから。そういうのいいから。巨人になれる子とのセックスってどんな感じか聞きたいだけだから正直に教えてくれる?」
「セックスなんかしたことねえからわからねえっていったらそういう展開になったんだよ」
大まかすぎる説明に、それでもハンジが驚愕して絶句した。めんどくせえ。
「・・・冗談、だよね?30超えたおっさんが何言ってんだか。あたしはじめてなの(はぁと)とかそんなの通用する年と顔面じゃないでしょ?!」
「年はともかく顔面ってなんだ」
「初めてどころか殺人以外はなんでもやってますって顔だよ。20代のころは来る者拒まず去る者追わずで酷いセックスばっかりしてたくせに。いっつも直腸から精液垂れ流してさあ」
「殺すぞ」
「そんなの信じないでしょう、普通」
「さあ。信じたんじゃねえか」
あの骨ばった指をさしこまれた時の感触は忘れられない。痛くはないですか、と舐めて濡らした指を、少しずつリヴァイの狭い穴に押し込むエレンの興奮した顔や息遣い。襞を探る手つき。もっと奥にほしいのに物足らない疼きに耐えた。本当は押し倒して、あの餓鬼を銜え込んで腰を揺すりたかった。注がれた精液を中で味わいたかったが、そうもいかない。何度思い出して一人で弄ったのか覚えていない。
「・・・・・なんでそんなウソつくの?」
険しい顔だ。眼鏡の奥の眉が寄せられている。非難するその響きに、意外な思いでリヴァイはハンジを見返した。こいつのこんな顔久しぶりに見たな。
「何がだ?」
「私、自分で自覚してるからね。人でなしだってこと。人の気持ちとかわからないし、興味があることといえば人食いの化け物についてだけ。それでもさ、なんかそれがひどいってことはわかるよ」
「ひどい?そうか?」
そうだろうか?エレンは喜んでいたし、それでいいのではないだろうか。それに。
「そもそも俺と寝た奴らは大体死んでるしな」
「・・・・・・ばれたらどうすんの」
「ばれねえだろ」
「なんでそんなウソつくの。あの子はそんなの気にしないと思う」
さあ。どうしてだったか。思い出そうとしても、頭に靄がかかったように判然としない。
「すぐに寝たら、つまんねえだろ」
「それだけ?なんかさ、あなた、ひどいね。別に誰かと寝てたっていいじゃないか。人数まで言えなんてあの子も言わないでしょう。本当のこと言えばよかったのに」
「・・・・・・・・よくねえだろ」
殺伐とした日々の中ですがるように快楽を求めた。無様だと自覚はあったが、ただそれに縋ることしかできなかった。後悔はしていないが、正しいとも思えない。苦い記憶だ。仄かな爪の先ほどの苛立ちを隠せずに、リヴァイは視線を床に落とす。ゴミが落ちてるじゃねえか。
「ねえ、あててあげようか。あの子に知られたくないんでしょう。あの子が好きだから」
「はあ?好き?なんだそりゃ。冗談にしちゃあ笑えねえ」
「あの子がきれいだから。ねえリヴァイ。あなたは何も悪いことはしていないんだから。そんな風に自分を責めるのはやめなよ。あったことは、なかったことにはならない」
「楽しませてやってんだろ。あの餓鬼。すぐに寝たってじゃつまんねえから、手順を踏ませてやってるだけだ」
「そういうの、だめだよ。人の気持ちを弄ぶと本当に私たちは人でなしになる」
「そんなもん、もうとっくになってんだろ」
「エレンのためじゃない。自分のために嘘をついたんでしょう」
「そんなわけ、」
「ない?へえそう?エレンに言おうか?あなたの大好きな兵長は若い頃は男とも女とも寝まくってザーメンまみれで戦ってたんだって」
「・・・・・・・どっちが早いかかけるか?お前が死ぬのとそれをあの餓鬼に言うのと」
思わず襟首を締め上げたリヴァイに、へらりとハンジが笑って見せた。冗談冗談。こわいなあ。やめてよと言いながら、どこか悲しそうに。
「あの子が好き?」
好きになんてならない。
俺を好きだといったのはあの餓鬼のほうだ。犬のように尻尾を振って、兵長兵長となついてくるから、だから血迷っただけだ。
「好きになんかならねえだろ、あんなもん」
「好きになりなよ」
「ばかか。もう行く。ハンジ、てめえとは会話にならねえ」
「恋愛とかさ、しなよ。好きになってさ、振られたりしてさ、そういうのって人間らしいじゃないか」
「一番俺たちに必要ねえな、それは」
「心配してるんだよー」
背中でハンジの声を聴きながら、リヴァイは部屋を出る。
そういうのって人間らしい?
バカバカしい。
それでも本当はわかっていた。
一番の馬鹿は俺だ。
くだらない恋愛ごっこ。そんなことしてる暇はねえだろうに。
人間らしく、生きていけたらいいのにと本当はあきらめている願いをすぐに忘れて、リヴァイは待たせている犬を迎えに地下へ向かった。
可愛い犬。
ともに過ごす時間は少しだけ人間らしい気分を味わえる。
それでいい。それだけで。