どうぞ、と手を引かれた。日本の手は冷たい。緊張しているのだと、うなだれたうなじが紅潮していてそれを知った。黒髪がさらりとしていて美しい。日本の手が我輩の手を握るというほどの強さもなく触れて、先を行く。それにただついていくだけだ。雨は止まない。
「随分降るな」
 ええ、多分今日はもうやまないでしょうとかすれた声で日本が答える。薄暗い廊下を二人して歩く。屋根を叩く雨音は激しさを増して、日本の声をようよう我輩に聞き取らせるだけだった。日本の足がふと止まり、私の私室です、狭いところですがと日本が囁いた。見えはしないだろうが我輩が頷くとそれをどうやってか知った日本がはい、と意味のない返事を返す。とにかくお互いに緊張していることだけは確かだった。それもそのはずだ。お互い、たった一時間前まで挨拶以外の会話をまともに交わしたことすらない間柄だったのだ。それが今は、こうして良からぬ遊びを日本の私室で始めようとしている。緊張しないでいるほうが無理だ。障子を押し開けた中から、香りが鼻先をくすぐった。いい匂いだ。日本の匂いだと思った。清潔で綺麗な匂いだ。薄暗い室内に導かれて足を踏み入れる。畳というのはいいな、と頭のどこかで冷静に考える。やわらかく、綺麗に編まれた草の目が裸足に心地よい。部屋の中央に布団が綺麗に敷かれていて、それはまるで主の性そのものの几帳面さだ。そしてふと気がついた。日本が沈黙して頭を垂れていた。どうしたのだろう。日本の言葉を待って、我輩も習って沈黙する。沈黙は長かった。どうしたのだろう。思ったままが口から出るのは我輩のよくない癖だった。待ちきれずに、我輩は口を開いた。
「・・・・後悔しているのか」
 弾かれたように日本は首をあげて振り返った。そして真っ赤な顔をして、必死に我輩にしがみつき首を子供のように振る。
「違います!そうじゃなくて、そうじゃないんです、そうじゃなくて、あの、」
「はっきり言え」
「・・・・・・こういうことに慣れてないんです。どうしたらいいのかと思って」
「どうしたらとは?」
「だから、」
 顔を赤らめ、日本はそれでも視線をそらさずに必死の体で我輩に途切れ途切れに告げた。
「私が、だから、脱いだらいいのでしょうか。それともその、あなたにお願いしたほうがいいのかとか・・・っ」
「・・・・・」
「私から、あなたに触れて、」
 はしたないとお思いにならないだろうかとか、考えるのです。消え入りそうな声でそんな少女のようなことを、日本が言った。笑いを堪えろというほうが無理な話だろう。
「・・・・」
 口を手で覆い、それでも耐えようとした我輩を勿論日本がほめてくれるわけもない。笑われていると知った日本は、さらに顔を赤くするという芸当をやってみせた。
「私は真剣なのに」
 怒ったような顔も可愛い。笑いをようやく収めて、日本の手を無言で取った。そして手を引いて布団の上に腰を二人下ろす。向かいあって、いつの間にか二人で笑いながら見詰め合う。さらさらの髪を手で梳いてみたかった。思うように、日本の頭に手を差し入れて何度も梳く。それが気持ちがいいのか、我輩の手にゆだねるように小さな頭を日本が傾げて見せた。その仕草もたまらなく可愛い。それを繰り返し繰り返し、それから我輩が小さく頭を傾げれば、日本が目を閉じた。黒く長い睫がかわいらしくてしょうがないので、瞼にキスを一つ。それから頬を辿り、唇を食む。あ、と声が漏れて、日本がわずかに震えた。そのまま肩を力をこめずに押せば、簡単に華奢な体は布団の上に押し倒すことが出来た。覆いかぶさるように、日本の頭の両側に手をついて、日本を見下ろす。
「日本」
「・・・・・はい」
「好きだ」
「・・・・・・・・はい」
「嫌であれば、言え」
「・・・・・・そんなこと」
 絶対にありません、私もあなたが好きでした。ずっと。そういって日本はまた目を赤くした。泣き顔を見たくはなかった。迷わず、日本の腰に巻かれた帯を引いて解く。簡単に解けた帯を引き抜き、着物の前を肌蹴させる。そうか着物の構造はこうなっていたのか。着付けをまた日本に倣おう。着物というのは随分着心地がよさそうなつくりになっている。一度ちゃんと着てみたいものだ。袖を通してはおっただけの自分の姿を我輩は省みて、思った。皮膚の薄い少年のような体はどこか倒錯的で我輩の欲情を煽る。手のひらで温かい体に触れると心臓が高鳴っていることが容易にわかる。欲情、そうだ。これは欲情だった。自らを堅く律し、感情を見せず、世界を懐疑し、何者にも心を許さずに生きてきた。その我輩が肌を晒して、日本を欲しいと体で訴えている。こういうのも、いい。理由はないのに笑いそうになって口元を引き締める。いやけれど笑ってもいいのかと思い直す。今、彼の前で自分の何を律するというのだ。彼は我輩がどんな人間だったとしても笑いはすまい。確信があった。
「あなた、笑っています」
 同じように日本が笑って我輩の頬に手を伸ばした。うん。そうである。笑ってもよいのだ。だって幸せなのだから。
 日本の体をそっと確かめるように撫でて行く。そうしているだけなのに、日本は下肢の果実を可愛らしい桃色に染めて膨らませていた。先端の鈴口にぷくりと雫が生まれた。人差し指でそっと雫に触れて指先を離すと、それが糸を長く引いた。日本が顔を下肢からそらして、唇をかみ締めている。手繰り寄せたシーツを握り締めながら、日本は愛撫というにはささやかな我輩の悪戯を必死に耐えているようだった。そうしているのは我輩だというのに酷く可愛そうになり、淫らな意図を持って茎を握る。括れを皮ごと擦り、先端の雫を塗りこめるように親指で何度も先端を拭う。
「・・・・っ、ぁ・・・」
 日本が耐え切れずに漏らした声は愛らしい。その声に悦びを覚え背中を押され、未知である行為に出てしまったとしてもしょうがない。体をずらして、手の内にある小ぶりな性器へと舌先を伸ばした。気づいた日本がやめてください、と身を起こそうとするのを押さえつけ、ゆっくりとそのペニスを味わう。堅く芯を持った肉の感触は、思わず歯を立ててしまいたくなる弾力とサイズで、もてあそぶにはちょうどいい。
「ああ・・・・いや・・・」
 息を詰めて日本が両手で自らの顔を覆った。嫌悪の声ではなかった。むしろ快楽に耐え切れずに叫びだしてしまいそうな、そんな自らを律するための言葉だった。ではやめる必要はない。そういう日本が我輩は見たかったのだから。唾液を絡ませて、舌でペニスの筋を何度も強く扱く。行為に夢中になっていたのはお互い様だった。気がつけば、膨らんだペニスは限界を迎えようとしている。
「も・・・はな・・・っ、て・・・っ」
 むずがる子供のように日本が首を何度も振った。紅潮した頬は無邪気な色をしていて、一層離せなくなる。射精を煽るように括れた部分を唇でしつこく扱いてやれば、日本の腰が大きくはねて、程なく痙攣した。口を離す気はなかった。一瞬遅れて、我輩の口中にどっと熱いものが滲みてどっと零れた。精液の独特の匂いが舌の上に広がるけれど、嫌悪感はない。
「や・・・って、言いました・・・っ」
 両手で顔を隠したまま、日本はくぐもった声でそんなことを言った。我輩は答えず、口中の精液を手のひらに吐き出した。粘ついた白濁が唾液に混ざって、手のひらの上で淫らに滴っている。日本の両足を膝で割り、開かせる。精を吐き出したばかりのまだ堅い日本のペニスの下の秘所へ、それを塗りこむ。もう日本は何も言わなかった。今からなにをするのか、お互いにそれをよく知っているから。閉じた蕾に濡れた指を一本さしこんだ。確かめるように襞をぐるりとかき回す。吸い付くような感触に逆らいながら、指をからかうように押し込み引き抜いた。浅く息を吐いて体を力を抜こうとするのに失敗している日本を、可哀想に思いながらもその狭い場所の感触を味わうことをやめられない。自身の性器がこの場所で締め付けられることを想像して、我輩の下肢が重い快楽を伝えてくる。平常心を保とうとして我輩は少々失敗していた。
「日本」
 自分でもみっともない声だと自覚していた。荒い息を無理やり押さえつけた、かすれて熱い獣のような声だ。
「いいんです、スイスさん、・・・大丈夫、ですから・・・っ」
 けれど日本は怯えるどころか、そんなことを言う。華奢な体で健気にも、我輩を受け止めようとしているのだ。恥じらいながらおずおずと、日本はその細い両足を自ら開いてお願いですからなどという。その仕草ははしたないというよりも、胸が締め付けられるほど純粋に朴訥に求められていることを我輩へ訴えていた。
「顔を」
「・・・・え」
「顔を見せてくれ」
「・・・・はい」
 顔を隠していた両手を震えながら下ろして、日本は涙の滲む赤い目で我輩を確かに見た。視線が絡み合い、お互いに求めていることを確かめ合う。問いはしなかった。開かれた両膝を掴んで、ゆっくりと腰を進める。腹につくほど反り返ったペニスを赤く腫れて口を開く秘所に宛がう。襞が誘うように蠢いて、我輩の先端を飲み込んでいく。
「っ、っ、ん、・・・・あ、は・・っ」
「辛いか」
「いいえ・・・いいえ・・・・は、ぁ、あっ、あっ・・・・」
 ゆっくりと先端を飲み込み、括れを押し込んでしまえばあとはたやすくすべてが日本の体の中におさまる。狭い場所が慣れるまでしばし抱き合い、繋がったままただじっと息を殺した。はっはっと浅い日本の呼吸が体の下で喘ぎに変わるのはそう長い時間ではない。日本のペニスが元の堅さを取り戻すのを、腹で感じながら我輩はただ待った。
「・・・お願いします」
「日本、大丈夫か」
「ええ。大丈夫・・・大丈夫ですから、・・・お願い」
 お願いです、とかすれた声で日本がねだった。逆らう理由はない。淫らな言葉を無理やり言わせる趣味もなかった。
「日本、好きだ」
 短く告げて、我輩は日本の太ももを掴んだ。押し込んで引き抜く。それだけの動物的な行為だった。何度も何度もそれを繰り返し、濡れた音が雨音にまぎれて部屋の中で響く。じゅぶじゅぶと肉襞をかき回す淫らな音。
「スイスさん、スイ、スイスさん、スイスさん・・・っぁ、あっあぅ、あっあっあっ、や、だめです、やぁっ、い、いっちゃ、・・・っ」
「日本・・・」
 しなる背中を無理やり押さえつけて浅ましく犯す。何度も何度も、今まで耐えていた分ほど、いやそれよりももっと欲している分だけ。腰の奥で甘く重く膨らんだ欲望の種が、はじけようとしていた。日本、と呻いて一層強く腰をぶつける。しがみつく日本の爪が背中に立ち、それだけが唯一我輩の気を紛らわせてくれた。でなければとっくに射精していただろう。そのくらい、日本の秘所はきつく熱い。だがそれももう長くは持ちそうにない。
「日本、・・・ッ」
「ああ、あああ・・・っあっあっ、あっうう、ううあ・・ああああっ」
 腰を掴んで、もっと深く繋がろうとしてしまうのは浅ましい男の性だろうか。射精の瞬間、はじけるその時を日本の最奥で迎えようとして、我輩は大きく震えた。けれどゴムすらつけていない行為だというのに、これ以上日本に負担をかけるわけにも行かない。射精の一瞬の快楽が、思考能力を奪いながらそれでも間際で引き抜いて日本の腹の上に吐き出す。ほとんど同時に精液を吐き出した日本の腹の上で互いの粘液が混ざり合った。荒い息を整えながら、我輩は日本の汗の滲む額に唇を落とした。日本。美しい、我輩の想い人だ。
「日本・・・」
 口付けようと頬を辿った我輩をふいと避けるように日本が身を起こした。桃色の肌をした華奢な男の、その腹から精液が垂れて滴る。布団の色を変えた雫を目で追って、それから日本の顔をみた。
「・・・・・・・日本?」
「ああ・・・・・・・勿体無い」
「・・・・・・・・・日本?」
「欲しかったのに」
 これは日本だろうか?いや、姿かたちは何一つ変わらない、我輩のよく知る日本のそれだ。けれど、なにかが。
「日本、どうしたのである」
「どうして外になんか出したんです・・・」
 トロリと蕩けそうに甘い潤んだ双眸で日本は精液を見つめている。細い指先で自らの腹にいとおしそうに触れて、精液をねちゃねちゃともてあそぶ日本の、淫蕩な気配はとても先ほどまでと同じ人物とは思えない。娼婦のように甘い匂いをさせて、日本が舌を尖らせて出した。
「なに・・」
 我輩が呆然と見つめる前で、日本は尖らせた舌の上に指についた精液を零した。したりしたりと白い雫が赤い舌の上に滴る。ああ勿体無い、外になんて、中に欲しかったのに。ああ、と日本は笑いながら自ら体をうつぶせた。そして膝を立てて尻を高く掲げる淫らな姿を我輩の眼前に晒した。日本?
「ねえ中に欲しかったのに、あなたの精子でお腹をいっぱいにして欲しかったのに、どうして外になんか」
 そういいながらパクパクと口を開く蕾に、精液を指で掬いながら注いでいく。したり。したり。
「私のお尻の穴に全部注いでぐちゃぐちゃにかき回して欲しいのに、ああ勿体無い、中で出していいんですよ?中にあなたのミルクを全部注いで孕ませて欲しいのに、ああ、いい、ああ・・・っ、は、あん、あっあん、ああ、あああっ」
 濡れた指を、細い綺麗な指を三本、日本は高く掲げた己の尻へ押し込んで引き抜いている。ぬちょぬちょと酷い音をさせながら我輩の目の前で、我輩の愛した人は淫らな行為に一人熱中して、喘いでいた。高い嬌声を上げながら何度も何度も自慰をくりかえしている。これはだれだ?

 これは誰だった?

 日本が好きだった。いつも控えめで、自分の意見を言わない大人しいばかりだと思っていた日本。けれど本当は強靭で苛烈な心を持ち、彼なりの正義を信仰していることを知り、彼に興味がわいた。性格はまるで違うのにどこか自分と似ていた。そこからは、坂を転げ落ちるように彼に恋をした。世界を拒絶していた我輩が、彼だけは特別だった。純粋で美しい、可愛らしい初恋の人。
 日本が好きだった。日本が好きだったのだ。
 やがてもう一度日本は、大きく体をのけぞらせて果てた。
 崩れ落ちた体は大きく喘いで、尻の間から精液を滴らせていた。
 綺麗な白いシーツの上で。




*********



 もともと根暗な男だったが今日はまた格別だなと、早三時間机に突っ伏したままの日本をアメリカは見下ろして思った。
「それのどこが悪いのか、オレには全然ワカラナイヨ日本」
「・・・・・・・・・・・・・もういいんです」
「いいじゃないか!昼間は淑女、夜は娼婦!!!!!世界中の男の憧れだよ、こういう妻を持てる男は幸せ者だって昔から言うよ??」
「・・・・・・・・・・・いいんです、もう」
「何にも落ち込むことなんかないじゃないか!元気だしなようっとうしい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スイスさんですよ」
「・・・知ってるよ?」
「あの、スイスさんなんですよ??!」
 ダン、とコタツの天板を普段からは想像できない力強さで、青筋を立てながら日本は叩いた。たたいたというより殴ったというほうが正しいだろう。
「あの、スイスさんの前でなんという醜態を、私は・・・っ」
「あのって・・」
「あの綺麗で美しくて見目麗しくて容姿端麗明眸皓歯優美で清楚で匂い立つように輝かしくて強くて男らしいスイスさんですよ??!!」
「・・・・・・・・君が面食いだってことはよくわかったよ」
 日本語めんどくせえなと思いながらアメリカはウンザリしながらも相槌を打つ。
「なんかもう、ブレネリで小股が切れ上がってんですよ!!!」
「コ、コマタ?」
 ドン!ともう一度日本は拳をコタツに打ちつける。
「もうとにかく、もうだめなんです・・・!あああああああああああああああああああ」
「・・・・・そうかなあ」
「同人誌読みすぎたばっかりに・・・・!!!!!!」
 妄想が先走って現実だか夢なんだか途中からわからなくなったのだと日本は言う。あれだけ憧れていたスイスとの初体験なのだ、無理もない・・のだろうか?とアメリカは適当なことを考える。
「あーもう!私のバカ!ばか!スイスさんハァハァとか心の中で考えてただけなのに!スイスさんの精液勿体無いとかそんなことばっかり考えてたからだ!!!シーツ記念に洗わないでとっておこうとかそんなこと考えてたから!!!」
「・・・・キモ」
「ええそうですけどなにか?私どうせ根暗の変態鎖国野郎ですけどそれがなにか?あのあとスイスさんは無言でまだ乾燥してない服無理やりボタンキシキシ言わせながら着て帰っちゃったんですよ、連絡なんか勿論あれ以来ないし、あーもうだめ。もうだめだ。もうだめだ。折角好きになってくれたのにあーーーあああああああああああああああああああああああ」
「で、でも日本、やっぱり本当の自分を好きになってもらいたいとおもわないk」
「本当の自分なんてどうやったら好きになれるんですか?!ああ?!じゃあアンタ好きなんですか?!こんな変態好きになれるってんですか?あ?!どうなんです?」
 こんなに切れた日本はひさしぶりだとアメリカは恐ろしくなって、思わず体操座りをしてしまう。昔から切れたら恐ろしい男だったと今更ながらに思い出したのだ。
「いやオレはすk」
「はっ、はいはいすきすき好きなんでしょうよどうでもいいんでしょうあなたは。私のことなんかどうだっていいんですよね、あーもうどうでもいい。私だってどうでもいいですよ。隠せたのに!隠し通せたはずなのに!!あーもうほんと同人誌買いにいってこよう。同人誌ほんとに欲しいどうでもいい」
 何気に一句詠みながら日本はまたコタツにうつぶせた。やれやれ。アメリカは誰か助けてくれないものかと何気なく視線を壁の時計に走らせ、窓から表を何気なく眺めた。そしてふと気づく。塀の向こうにわずかに見える、銀に近い金色の小さな頭を。あの身長は誰が見ても今話題の誰かさんに違いなかった。もう一回ここを訪ねてくるくらいだ、脈はあるのではないか。
 目の前で突っ伏している根暗変態男は、真後ろの窓を伺う余裕も塀の向こうを観察する余裕もあるようには見えなかった。もしかしてオレ待ちなのかなとアメリカは普段読めないはずの空気を読んだ。
「じゃあ、そろそろオレは帰るよ。ゲームの新作がamazonかr」
「はいはいどうぞさようならあーもうどうでもいい蜜柑食べて太りたい」
「・・・君今日は食い気味にもほどがあるよ。じゃあさよなら。幸運を」
 はあ、とため息をつく日本を置いて、アメリカは日本の家を出た。さっと身を隠したスイスには気づかなかった振りをする。ふふん。今日のオレは空気を読むんだぞ。どうか幸運を。親愛なる友の初恋がうまくいきますように。今の日本は利用しにくいったらないよ。幸せで頭のネジ一本緩んでるくらいがちょうどいいのに。
 利害関係で友情を結ぶ己の欠けた情緒には気づかずに、アメリカは鼻歌を歌いながらポケットに両手をつっこんだ。もうすぐ冬が来る。確かに、一人で過ごすには寒すぎる冬が。