砂糖菓子の虚像を見ていた(後編)












※R18 淫語



 ベッドから起き上がった途端足元がふらついた。寝不足特有の倦怠感が頭と身体にへばりついているようだった。
 憂鬱だ。朝なんてこなければよかったのに。そう思い、ぼんやりとした頭を何度か振るが、粘ついたような気だるさはほんの僅かも追い払うことが出来なかった。倦怠感と、それから、昨日の夜の醜悪な記憶も。それらは今尚生々しくべたりと脳裏に焼きついていた。
 眠れなかったのだ。あれからずっと、菊の喘ぐ声が聞こえていたから。ぐちゃぐちゃといやらしく擦れる粘膜の音も一緒だった。まるで俺を攻め立てるように、それは隣室から執拗に響いていた。わざとしているのだろう。アーサーが、そうしてまた悪い魔法を俺にかけようとしている。そんなのは嫌だ。もう二度と見たくない。そう思いベッドの中で耳を塞ぐが、けれど声も音もまるで嘲笑うように俺の指の隙間から侵入し、一晩中鼓膜を揺らし続けていた。あるいは、幻聴だったのだろうか。一度聞かされてしまった淫らな音が、まるで耳鳴りのように繰り返し頭の中で反響していただけなのかもしれない。けれど。
 どっちにしろ、昨夜の出来事は現実だった。菊の顔も、アーサーの声も、その場で嗅いだ匂いまで未だリアルに思い出せるこれが、夢の出来事だとは思えない。俺の脆い部分を直接殴りつけるように見せられた衝撃的なあの光景。ああ、これが夢だったらどんなにか良いだろう。重い頭を抱え、思った。

 竦みそうになる足は、それでも繰り返してきた日常に従いダイニングへと向かった。
 本当は逃げ出してしまいたかった。このまま二度と会わなければ、きっと昨夜の出来事も忘れられる。そう思ったから。けれど、たかが学生の身分の自分にそんな選択肢は存在しない。逃げ出せたとしても、せいぜい友人の家に数日泊めてもらうのが限度だろう。そのうち迷惑がられるようになって、いずれこの家に戻って来る。
 二人の顔を見るのが怖かった。きっともう、今までみたいには見ることができないから。菊は俺のお母さんではなくなってしまったし、アーサーも尊敬する兄ではなくなってしまった。もっと別の、醜悪で汚らわしいもの。そんな人間に成り下がってしまった。誰よりも大切なひと達だったのに、今は違う。俺はもう、二度と二人を同じ思いでは見詰められない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ダイニングルームへと続く扉。ノブを握る指が震えていた。深呼吸を繰り返し、努めて静かにそこを開く。焼き立ての、パンの匂いがした。それから、食器の擦れる音。いつもと同じ朝だった。それが酷く滑稽だ。カウンターの向こうでは菊が食器を洗っていた。アーサーはいないようだ。窓の奥に見える車庫にも彼のセダンは見当たらない。おそらくはもう仕事に出掛けたのだろう。それに少しだけ安堵し、ふと思った。
 今この家には、菊と俺の二人だけ。アーサーはいない。菊と俺の、二人っきりだ。
 そう考えた瞬間、何故だろう。昨夜の淫乱でふしだらな菊の姿を鮮明に思い出した。
「っ・・・・・・」
 腹の奥から何かが込み上げそうになった。それは酷く恐ろしいものだ。知りたくは無い感情。昨日の夜に一瞬感じた、湧き上がる熱い何かだった。慌てて唾液ごとそれを飲み込み、はっとした。蛇口の水が止まったのだ。飲み込んだそれには、到底菊の鼓膜を震わせるほどの力はなかったように思う。けれど、何かしらの気配を感じたのだろうか。おや、といつもと同じトーンの声が聞こえ、菊が後ろを振り返った。その目が、その黒い夜色の目が、俺をとらえる。
「アルフレッドさん」
 動けなかった。俺の足は震えていた。この瞬間を覚悟して扉を開けたつもりだったのに、けれど実際の衝撃は計り知れないものだった。涙すら込み上げ、俺は菊を強く睨んだ。好きだったのに、大好きだったのに。悔しい、苦しい、憎い、悲しい。裏切られた、そんな気持ちになり口を開いた。罵倒の言葉を告げるために。口を開き、けれど菊は。
「おはようございます。今、朝食の準備をしますね」
 いつもと同じように、いつもの朝のように、そう言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 菊は笑っていた。いつもと同じ、やさしい笑顔で。まるで何事もなかったように。昨日に夜などなかったように。昨日までの朝と同じ、俺のお母さんの顔だった。
「・・・え、」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
「私の顔になにか?」
 じっと見詰めていたからだろう、菊がきょとんとした顔で首を傾げる。その様にたった今まで口の中にあった罵倒がすとんと胃の腑に収まった気がした。罵倒と、それから熱い何かも。
 もしかして・・・・・・あれは本当に夢だったのだろうか。菊のいつもとなんら変わらない暖かな空気に、さっきまでの汚泥のような思考が風に飛ばされるように散って行く。夢・・・・・・だったのかもしれない。いや、夢だったんだ。そうだ。きっと。間違いない。あれは全部夢だった!
 涙が込み上げるのが判った。けれど理由はさっきとはまるで違う。俺はもう一度、アーサーと菊を信じることができる。なくしかけていた宝物を取り返した気分だった。愛とか幸せとか安らぎとか、そんな暖かい何かが詰まっている宝物。アーサーと菊がくれた、俺のなによりも大切な宝箱。
「菊・・・・・・」
「はい?」
 唐突に抱きしめたくなって、菊の手を取った。寝不足の足元がまだ少し覚束無い。身体に感じる倦怠感も、無くなったわけではなかった。けれど、それは、きっと眠りが浅かったせいだ。だからリアルな悪夢ばかり見てしまった。そう思った。思いたかったから。思いたかったのだ。
 それを目にするまでは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・き、く?」
 感じた違和感を拭うことが出来なかった。視界の端に、悪夢の片鱗を垣間見た。俺の保守的な部分が止めろとやかましく悲鳴を上げる。けれど、視線の先が捉えていた。キッチンの隅に置かれた半透明のゴミ袋を。その中の、捨てられたぬいぐるみを。汚く濡れた、小さなうさぎのぬいぐるみ。
「どうなさいました?」
 菊は笑っていた。いつもと同じ、やさしい笑顔で。まるで何事もなかったように。昨日に夜などなかったように。昨日までの朝と同じ、俺のお母さんの顔。
 それに、鳥肌が立った。
 全身を巡る血液が冷水にでもかわったようだ。ぐにゃりと足元が歪に揺れた。空気が粘性のものに変化し、皮膚の上に纏わりついた。俺はこれを知っている。アーサーが、ベイビーと呼んでいたものだ。菊が自らのたい内から、ひり出した。アーサーと菊の、赤ちゃん。
 どうしたんですか、と菊がやさしく笑う。いつもと同じ穏やかな顔で。いつもと同じ温厚な声で。それが、なにより恐ろしい。おぞましい。気持ちが悪い。吐き気が、飲み込んだ何かと共に込み上げる。
 彼らの内側に確かに潜む、虫唾が走る狂った性癖。それは確かに現実だ。夢ではなかった。それなのに、どうしてこんな風に笑えるのだろう。平気な顔で、わらっている。
 全てが嘘のように思えた。世の中の全てのことが。全ての人が。こんな薄汚いものを腹の奥に抱えているのだろうか。なにもしらない顔をして、深夜の時間に化け物染みた感情を笑いながら吐き出す。汚物のように。びちゃびちゃと垂れ流し、そして朝にはひとの顔に戻るのだ。
 夢のように描いていた将来のビジョンが途端に恐怖に彩られた気がした。菊のようなお嫁さんが欲しかったのに。アーサーのような大人になりたかったのに。けれど彼らは化け物だった。人は皆、化け物なのだ。俺はもう誰かを愛することなど、二度と出来ない。それとも、
「・・・・・・・・・アルフレッドさん?」
 反応の無い俺に戸惑った菊が腕にそっと指で触れる。その手を即座に捻り上げ、テーブルの上に組み敷いた。
「っ、痛いっ・・・!痛いですアルフレッドさん!」
 それとも。俺も同じように化け物に変われば、また世界は同じ色を取り戻すのだろうか。

  朝の光が差し込むキッチン。焼き立てのパンが乗ったテーブル。知らなければ、きっと今頃はここで菊が作ったふわふわのオムレツを食べていたのだろう。それに懐かしさすら覚えながら、母親のように思っていたひとを力任せに捻じ伏せた。上半身を押し付けた痛みに、菊が呻く。
「なにをっ・・・・・・・・・えっ・・・あっ、!」
 着物の裾をたくし上げている途中は、それでももしかしてなどという淡い希望を抱いてしまった。夢だったのでは、と。あの汚れたぬいぐるみを目にした直後だというのに。当然、剥ぎ取った下着から顔を出した尻の穴は昨夜の行為を引き摺っているように赤く色づき膨らんでいた。生温い考えの自分を、自嘲気味に笑った。
「やめてくださいっ・・・アルフレッドさん!」
「ハッ!好きなくせに」
 テーブルの上にあったバタークリームを目ざとく見つけ、俺はそれを手に取った。どうするかなど決まっている。にちゃりと指で掬い取り、後ろの穴へ宛がった。綻びかけた蕾のように盛り上がるそこに、乱暴に指ごとそれを突っ込む。
「ひぁっ・・・!あっ・・・い、たい、痛いっ・・・やぁっ・・・!」
 二本の指は何の抵抗も無く尻の穴へと飲み込まれた。さすがに慣れているだけあるのか、そこはやわらかく俺の指に絡みつく。クリームを過剰に掬いすぎたのか、ぐちゃぐちゃと聞くに堪えないいやらしい音が室内に響いた。
 俺はいままでごく普通の、一般的な男子と同じ道を歩いていた。だから相手がこんな歳の離れたひとでしかも男であるなど初めてだった。男同士のやり方など、たいした知識も持っていない。けれど女のそれを弄るように尻の穴を玩べば、菊の声は徐々に色をつけたものに変わって行った。それが中の、なにかしこりのようなものを弄くれば声はいっそう酷くなり、そこが善いのだと教えてくれる。
「ははっ・・・・・・すごい。こんなところが気持ちいいんだ。信じられないね、異常だよ。この変態!」
 そして俺も、異常だった。次第に立ち上がって行く自身に絶望を覚える。けれど同じほどの開放感も同時にあった。漸く耐えていた何かを吐き出せる。口中まで込み上げていた卑しい熱だ。菊に対する、浅ましい欲望。
 俺は、どうしてこんなものを感じているのだろうか。昨日から?それとも、もっと前からなのだろうか。ずっと菊のことは母親だと思っていたのに。自分すら、もはや信じられない。汚い。汚い人間のひとりに変化して行っている。
「やっ、あっ・・・、ひぁぁっ!あぅ、ぅっ・・・許してっ、許してくださっ、ひ、あっ、ああっ!」
「許してくれって?何言ってるのさ。君、昨日俺のち○ぽが欲しいってねだってたじゃないか。アーサーのより長いって聞いた途端、言ってただろう?俺の勃起したち○ぽを舐めたいって、淫乱なおま○こに突っ込んでイイとこぐりぐりしてほしいって、物欲しそうな目で見ながら言ってただろう!?ほら、そんなに欲しいんだったらくれてやるよ!その淫乱でみっともないケツま○こで、俺のち○ぽを咥えろよ!」
 指を引き抜き代わりにペニスを宛がった。昨日アーサーが長いと揶揄したそれだった。ジーンズの中から引きずり出し、菊の中へと欲望のままに埋めて行く。
「ひぅっ、あひっ、ひぐううう、ひぁっ、あ、あああ・・・!」
「くっ、・・・・・・ん、んっっ!」
 バタークリームの滑りが挿入を助け、動かすたびにぬちゃぬちゃと音が響いた。熱く絡みつく菊の中は、女のそれよりもずっと良い。射精をせがむような締め付けが、胸の奥にある何か凶暴な部分を駆り立てた。髪を掴みいっそう強く顔をテーブルに押し付ける。「この淫乱!雌豚!ち○ぽ好きの尻軽ビッチ!ほら、いつもみたいに得意のおねだりをしてみろよ!」ぴしゃりと尻を強く叩き、兄と同じ言葉を聞かせる。
「ひあッ!あンッ、あッ、アルフレッドさんのおち○ぽ、イイッ、イイですッ!長くてッ、ひアッ、奥ッ、奥がッ、アヒィ、ヒイッ、いっ、イイんですぅッ!!」
 菊の前に手を伸ばせば、そこは既にはじけてしまいそうなほど硬く勃起していた。だらだらと先端から白濁の混じる蜜を溢れさせ、ダイニングルームの床をしとどに汚す。まるでこうして俺に犯されていることを喜んでいるみたいに。望んでいたみたいに。いや、企んでいたみたいに。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・企んで、いたのだろうか?
 アーサーも一緒に。こうなることを予測して。
 だから、車を動かした。
 だから、アーサーが、
「菊のケツは気に入ったか、アルフレッド?」
 ここにいる。

 背後から声がした。心臓を突然冷たい指で握られた気分だった。衝撃に、振り返ることが出来ない。けれど、振り返らなくても判った。アーサーは笑っている。謀られたのだと、今更になって俺は気付いた。
「ア、ヒッ!ンンッ!イイですッ!イイッ!アルフレッドさんの勃起ち○ぽ、奥にごりごり当たって、あうッ、イイッ、キモチイイっ!アーサーさんのよりも長くてッ、おま○こイッちゃいますぅ!イッちゃう!!アンンッ、中ッ、ナカにいっぱい、いっぱいアルフレッドさんのおち○ぽみるくで種付けしてくださいいいいッ、アーッ、アーッ、イッ、イクぅううううううう」
 アーサーの笑い声が響いていた。耳に、頭に、胸の奥に。ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ、と邪悪な声が響いていた。
 愛とか幸せとか安らぎとか、そんな暖かい何かが詰まっていると思っていた宝箱。けれど中身は汚泥に塗れたガラクタだった。顔を背けたくなるほどの腐臭が俺の鼻を突く。
「っ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君達なんて大っ嫌いだ」
 呟きは、二人の声にかき消された。





Psy:ニシカワ様

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