お前んちのものはオレのもの!という根拠のない主張をして、韓国は日本の肩を抱いて、な!そうなんだぜ!と朗らかに笑っている。
「この醤油っていうのはオレが起源なんだぜ!」
食卓の上に置かれていた醤油のビンを掴んで韓国は鼻息荒く、同じテーブルに頬を着いて自分を白眼視してるイギリスに突き出した。イギリスはフォークを口に咥えてブラブラさせるばかりで、相槌すら打とうとしない。その真横で、どうしてこの二人を同時に夕食になど招いてしまったのかと肩を落とす日本が、自宅だというのに身を小さくしているのは仕様がないことなのだろう。そもそもこの小柄で真面目な東洋人は争いが嫌いだ。このお調子ものの韓国がどんな理不尽を要求しても、腹の一つも立てた様子がない。所詮他国の事情だから、イギリスにはそれをどうこう指図する権利も、怒る筋合いもない。けれど。
「・・・・・・・・・・・・ムカつくな」
「え?」
ぼそりと呟いたイギリスの言葉に、日本はわずかに視線を上げた。聞き返されたのはわかっているけど、それ以上口を聞くのも億劫で、イギリスは紳士らしくない所作でやはりフォークを上下にブラブラと加えて揺すった。韓国はひとしきり喋り飽いたのか、キムチがないんだぜと席を立ち、勝手知ったる他人の家であるところの日本の家を散々家捜ししてから、飛び出していった。無論、食べた後の食器を提げることも洗うこともない。幼い子供が母親に駄々を捏ねるようなこの有様に、近頃ハマりはじめていた和食をつつく気も失せて、イギリスは咥えていたフォークをテーブルに置いた。
「ごちそーさま」
「・・・・・はあ・・・・・・あの・・・・」
空気を読むことにかけてはどの国よりも長けている日本が、流石に気まずそうに上目遣いにイギリスを見る。
何かをいいたそうに、けれどいいにくそうに口ごもっている小柄な童顔ジジイを見下ろしていると、自然にため息が出た。
「・・・・・・・・・おまえさ」
関係ないのに、余計なことを言おうとしている自覚はある。
「ムカつかねーの」
「ええと・・・・・」
「オレは!超!イラっと!!!するんだけど?!」
ばしんと平手でテーブルを打つ。漬物の小皿がわんと鳴った。
「・・・・・・・すみません」
その憤りがわからないでもないのか、日本は細い首でうなだれる。
「夕食を別にお誘いすればよか、」
「ちげーだろ?!それがそもそも違うだろ??!オレがお前に会議のあとに晩飯食わせろっつったのをあのダゼがどういう耳してんだかわかんねえけど聞きつけて、『オレも今日約束してたんだぜ〜』とか訳わかんねえこと言い出して・・・っ」
その時点で、『約束してませんから』と断ればいいのだ。それをこの小猿は、ああ、じゃあご一緒にいかがですか人数は多いほうが楽しいですしねと朗らかに会話として成立していないにも関わらず、韓国を夕食に招いたのだ。正直イギリスには理解不能だ。アポなしで押しかけてきた相手を改めて食事に誘う必要などどこにある。
「お前のそれは優しさじゃねえ!」
「・・・・・知ってます」
「だから・・・・しってんのかよ!!あああああ腹立つわ!お前の、そういうとこが、すっげええええええ!!!腹立つんだよ!!」
この優柔不断の日和見主義めと顔を赤くしてイギリスが散々喚く。
「お前さ、なんで嫌なことを嫌だってはっきりいえないんだ?そんなのが美徳とか真剣に思ってんの?東洋人なんかそんなもんかとおもってたけど、ダゼも中国も全然言いたいことガンガン言ってるじゃねえか、何でお前には出来ねえの?意味わかんねんだけど?!さっきのだってお前、聞いてただろ、醤油!これ!醤油!」
ガンガンと醤油の瓶を叩きつけるイギリスに遠慮は最早ない。もどかしい怒りが、これが他人事なのだという全てを超越してしまっている。
「これ、おまえんとこの調味料だろ?!」
「あ、ええまあ、それは流石に先ほどちょっと・・・と思ったんですけど、わざわざ主張しなくても誰も韓国さんちが起源だなんて信用しないと思って・・・・・」
割れます、と思ったのかどうかはわからないけれど、日本がさりげなくイギリスから瓶を取り上げる。その仕草も自然で穏やかで触れられてけして嫌味ではない。それにまた腹が立った。なんだコイツ。
「気使いすぎだろ!」
「・・・・・・・・・・・ええと」
困ったように日本が笑った。そしてイギリスの沸騰するような怒りが罵声を一通り出し尽くすまで沈黙し、日本はようやく醤油の瓶を抱えたまま口を開いた。
「実はですね、以前、韓国さんにもお話したことがあるんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにを?」
「・・・・・・・・・・・『日本の歴史も文化も言葉もキティちゃんも何もかも全部オレが考えたんだぜ〜』って、まあそれは別にそういう考え方もあるのかもしれませんねと」
「・・・・・・・・・・・・・まあいい。そんで?」
「なにせお隣同士ですから、仲良くできればそれに越したことはないんだし。ご存知かとは思うんですが、私ケンカは嫌いなんです。殴られて、殴り返せば、更に殴り返されるでしょう?殴られないようにいることが何より大事だと」
可愛い顔しやがって。まるで悟った坊さんのようなことを言うとイギリスは思う。
「だからって、なにされても言われても黙ってるっつうのは違うんじゃねえの・・・・」
「そうですね・・・・そうなんですけど・・・・まあ、難しいですよね」
この小猿も何も考えてないわけではないのかと内心イギリスは嘆息した。見習おうとは素直に思いたくないが、オレはコイツを見習って丁度いいのかもなと喧嘩っ早い性根を自分でも承知しているイギリスは、それには反論しなかった。
「ただ私も聖人君子ではないですからね」
「ん?」
「あんまりあからさまな嘘ってつけないんですよ・・・」
日本が顔を顰め、表情を曇らせた。ン?と伺うイギリスにため息を付き、わずかに首を振る。
「韓国さんのこと、嫌いなんです」
「・・・・・・お、おお・・・・」
コイツ、好きじゃない、じゃなくてキライっていいやがったとイギリスはわずかに意表を突かれて思わず姿勢を正す。
「ま、まあな・・・あれでダゼだいすき!とか言い出したらどんだけMなんだっつう話だし・・・・」
「ですよね。私も別に、それで問題ないと思っていたんです。韓国さんは私を嫌いなんだろうと思っていたし、だからこそああいう態度をとってらっしゃるんだと。仲良くしたいのは山々ですが、それとこれとは別ですからね。韓国さんも私に好かれても迷惑だろうなあと」
それは、理解できない感情ではない。というか、それはそうだろう。
「で、先日の会議のときに、アメリカさんに聞かれたんです」
「なんて?」
「『日本、それ誰だい?彼氏?』って」
「・・・・・・・・・・あのバカ」
いつまでたっても自分大好き!な天真爛漫系バカは友人以外の国は眼中にない。いまだに韓国の顔も覚えていないのか覚える気がないのか。
「そしたら韓国さんが怒っちゃって」
「あーまあな」
「『日本なんかと頼まれたって付き合わないんだぜ、隣の国だから仕方なく仲良くしてやってるだけで!』っておしゃったんです。それでアメリカさんにそうなのかい?って聞かれたので私」
苦虫を噛み潰したような顔、としか表現しようのない顔で日本が更に眉を寄せた。
「ええそうですって」
「それで?」
「そしたら」
身震いする日本に、イギリスは話の行方がわからずに首を傾げる。その会話のどこが問題なのだろう。日本と韓国の関係は、イギリスの目から見てそれ以上でもそれ以下でもない。韓国が『仲良く』しているかどうかは疑問だが、少なくとも日本を直接ひっぱたいたり蹴飛ばしたりという暴力がない以上、彼の中では『仲良く』という範疇にはいるのかと納得するしかない。けれど日本は、すごい顔をした。「すごい」という貧困なボキャブラリーで表現するしかない、混沌としてさまざまなものが入り混じった顔だ。恐怖というのとも違う。怖れとも怒りとも悲しみとも違う、とにかく『すごい』顔だ。
「・・・・な、なんだよその顔こえーよ・・・・」
「すごかったんですよ、そのあとが。もう、なんていったらいいのか・・・・もう、とにかくすごかったんですよ・・・・!!」
語気荒く、その「すごさ」を伝えようとする日本の日ごろとのギャップに飲まれ、イギリスは椅子の背もたれに逃げるようにすがり付いて、お、おおととにかく頷いてやる。
「あいごおおおおおおおあいごおおおおおおおおおおおおお!って・・・・・もう、すごかったんですよ・・・・・!!動作とか、もう、あの、なんていうか、・・・ちょっと立っていいですか?お食事中にすみません、伝わるでしょうか、こう、こうなって、こうなって、ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!って・・・・酷いぜーとか、お前鬼だぜーとか・・・は、聞き取れたんですけど・・・・」
日本が一生懸命に身振り手振りをするけれど、いまいち伝わりにくい。お前とぶの?とんでくの?とでも問い返したいような所作は想像の範囲をはるかに超えていて、イギリスは背もたれにつかまったまま茫然とした。
「・・・・・・い、」
「え?」
「意味がわかんねえ・・・・!」
「そのあと、中国さんがなだめて韓国さんを連れて行ってくださらなかったらどうなっていたか・・・・アメリカさんは爆笑して引きつけを起こすし・・・」
「あ、ああ、前回の会議のときに救急車来たのは・・・」
「アメリカさんが運ばれていったんです・・・・」
笑いすぎて、と日本はためいき交じりに、その場にいなかったイギリスに真実を告げた。
「あの騒ぎはフランスのバカが『誰かが10リットルのコーラにメントス100個放り込んだ』って」
「・・・・・・そうですね、そのバカなメントスが私だったみたいで・・・・それで、わかったんです、というか悟ったんです私」
あの人、ただのツンデレなんですよと。
「・・・・・つ、つんでれ?」
イギリスには耳なじみのない言葉を地を這うようなため息とともに、日本が吐いた。
「私に好意を持ってくださってるんですけど、それが恥ずかしいというか認めたくないみたいな部分と私みたいなのを好きになってしまった自分への怒りとかが、結局『日本はもともとオレの!』とか『日本の起源はオレ!』みたいな・・・・小学生が好きな女の子を苛めるでしょう?あれと同じだと思うんです」
「それ・・・そういうの、ツンデレっていうのか?」
「日本ではそう呼びます」
「・・・・・・・・・・」
「それに気がついてからは、もう、できるだけ当たらず触らず怒らず適度に接して行こうと・・・・」
「・・・・・・それなら逆手にとって、利用してやれば?」
「・・・・・本格的に好きだと自覚されては、そのうち私の家の表札を韓国にしろ!とか・・・・・烈しくなりそうで・・・・」
だから今くらいのワガママですんでいるならそれが一番いいんです・・・と老獪な平和主義者は更に深々とため息を付いた。その日本にツンアホと影で思われているイギリスはといえば、オレが守ってやるよの一言を言い出せずに喉の奥で噛んで殺し、お前も大変だな・・・というに留めた。
「だから、私に好きな方でも出来たら今よりもっと大変になりそうですよね」
恋人はだから、作らないようにしているとさらにさりげなく釘を刺されていることにも気づかずに、イギリスはご馳走様と手を合わせて席を立った。
食事にかこつけて告白を試みるも失敗する記録をどこまで伸ばし続けるのか、イギリス自身にも最早検討はつかない。
終