「ぁ・・・・・っ、ん、んっ」
 思ったよりも銭湯の壁に大きく反響した喘ぎは、みっともないことこの上ない。湯の中で日本を膝の上に乗せて悪戯をするアメリカは上機嫌だ。
「鼻歌を歌ってあげようか?」
 耳元で囁かれて、その間抜けな内容に関わらずぞくぞくと震えてしまう日本は自らを愚かだと罵った。にらみつけようと肩越しに振り返れば、ガラスのように青い双眸が間近でドキリとする。口は悪いが、このクソガキ、と思ったとして、だれが攻められるだろう。悪戯小僧がそのまま大きくなったようなアメリカは、そもそもワガママで自己中心的で騒がしくて、日本の一番苦手なタイプだった。今日もそうだ。突然前触れもなく訪れて、夜とは思えない異常なテンションで「日本、セントウってなんだ!」。その後もやりたい放題だ。人の食べていた水炊きを横取りして「まずい!」と笑顔でひっくり返して、冷蔵庫から勝手に出したハムと卵を突っ込み、バターはどうだ、やっぱり仕上げはマシュマロだろうと鍋を地獄の釜に変えた挙句、「まずい!」だ。銭湯って言うのは、日本に江戸時代からある、公衆浴場ですと教えてやれば、「そうか、コウシュウヨクジョウかー、見知らぬ他人と裸で風呂に入るなんてエキサイティングだな、オレの国にはない文化じゃないか、そんなの恥かしいからイヤなんだぞ、日本はへんなところで羞恥心を見失うな、アメージング!夜なら人もいないんだろう?一緒に入ってみようじゃないか!」とこうだ。
 断れるものならば、日本も断っていただろう。しかし相手はアメリカだった。イエス以外の返答などはじめから聞く気のない若造は、じゃあ早く支度をするんだと言い捨てて、その待ち時間をいいことに人のやりかけのゲームを勝手に始めてキャラクターを一人ぶっ殺していた。支度を終えた日本が見たのは、クリアまであと少しということで殺されたキャラクターと「つまんないんだぞ!」といいながらリセットボタンを押すアメリカだった。なぜ、どうして、と彼を問い詰めるのは時間の無駄だ。日本は二人分用意した洗面器と石鹸とタオルの内、一人分をアメリカに手渡した。スイスあたりに言わせれば、『お前に自分の意思はないのか!』ということらしい。『戦え逆らえ守りに入るな攻めていけ言ってダメなら撃ち殺せ!』とありがたい助言をいただいたのだが、そもそもこちとらそういう野蛮な若さとは無縁だった。逃げだと笑わば笑え。アメリカと争って時間と体力を無駄にした挙句、結果傷だらけの体を無理やり銭湯にぶち込まれるよりも、せめて自分の意思で気持ちよく入浴したほうがよほどましではないか。そうだ、かまわない。アメリカが大騒ぎをしながら顔見知りである番台の老婆と熱烈なハグをして明治生まれの大和撫子を気絶させようが、風呂上りが常識であるはずのコーヒー牛乳を着いて早々に飲もうが、大浴場の反響を喜んで大声で国歌を歌いだそうが、我慢できる。
 しかしこれは。
「ぁ・・・・っ、あっあっ、いや、いやぁ・・・っ」
 嘘だろう?とアメリカは日本のうなじに舌を這わせる。ぞろりと舐め上げられて、身の内にあるアメリカの指を一層きつく締め付けてしまう。感じてるじゃないか、日本のうそつき、と囁き、アメリカが襞の奥をぐるりと指先でなぞった。
「っー・・・っ」
 逃げようとする腰に回された、力強い腕が憎い。まさかこんな場所で犯されるなんて想像すらしなかった。脱衣所でお互い衣服を脱いだときに、アメリカが妙な顔をしていると思った。今にも飛び跳ねそうな、歌でも歌いだしそうな、そんな顔をしていると。けれどそれもはじめて来た場所に興奮しているだけだろうと思った。日本にとって、銭湯とはあくまでも公衆の場であり、セックスというもっともプライベートな行為をこんな場所で行うなど想像もできなかったのだ。そうか。あの笑みは、落とし穴にまんまとはまった間抜けをあざ笑っているそれだったのかといまさら得心がいっても遅い。
「興奮するとおもわないかい?誰が来るともわからないこんなところで、君のアソコはオレの指をくわえて離してくれない」
「・・・・・・・・・・・・・・あなたは、ぁ、あっ、ほんっとに・・・っ」
「お湯が入って、ほら、ココがこんなにやわらかくなってるよ?」
 抵抗しようとした日本を許さず、アメリカはグチュグチュと少し乱暴に指で揺すり立てた。湯が、二人の揺れに波を立てる。ああだめだ、この人本気なんだと日本は遅ればせながら悟る。脳裏でスイスが怒鳴り散らしているけれど、とてもではないが脳内スイスの命じるとおりには行動できそうもない。このまま日本が協力しなければ、アメリカは延々と日本を嬲り続けるだろう。残念ながら、体力は相手が数倍上だ。先にのぼせるのは確実に自分で、もしそうしたらこの貧相な裸体をアメリカは軽々と抱えてお人形の如く適当に日本に着物を着せて、目を丸くした番台の老婆を尻目に悠々と岐路を辿るに違いない。それはなんとしても避けたい。もう二度とこの日本行き付けの銭湯にこられなくなるような赤っ恥をかくことだけは、避けなければならない。
 だとすれば、日本のするべきことはたった一つだ。
「・・・・・・・・・・・・ア、アメリカさん・・・・っぁ、あっ、ああっ・・・・・お願いします、もう、私、・・・っ」
「なんだい、日本?」
 濡れた喘ぎを押し殺しながら、日本はアメリカの指に自らのそれを重ねて共に襞に触れる。肩越しに振り返り、上機嫌で笑うアメリカの頭を空いた片手で引き寄せて口付けた。アメリカの湯に濡れた唇を舌でなぞって、せいぜい扇情的に流し目で誘う。年の功というべきだろうか?アメリカは一瞬たじろぎ、それから目の色を変えた。
「本気にさせて・・・・君は」
「ああ・・・・・・・・お願いします、もう、指じゃ、ぁ、たらな・・・・・っぁ、あ、ああっ・・」
 さっさとこのクソガキをイかせて家に帰る。
 これだ。
 見せ付けるように赤い舌を覗かせて、唇を舐める。荒く水を打って、アメリカが指を引き抜いて両腕で日本をかきいだく。日本の小さな頭を掴んで、舌を深く絡ませた。こういう口付けに慣れない日本が息を逃がそうとするけれど、アメリカのキスは執拗だ。むさぼるという言葉がまさにふさわしい口付けは頭の芯までしびれさせるようだった。
「・・・・っ、・・・っ」
 息が苦しい。拳でアメリカの胸を打つけれど、彼はやめようとしなかった。吐息の合間に、君が悪いと囁かれて、それからもう一度口付けられる。胸を押す日本の腕を掴んで、口付けは回数を重ねるごとに深くなっていく。ようやく唇が離れる頃には、日本の息はあがっていた。
「困ったな・・・」
「・・・なにが・・・っ、ぁ、」
 ほんとはね、と秘密を教えるように間近でアメリカが声を潜めた。
「ほんとは、こんなふうにするつもりじゃないんだよ、いつも。・・・・いつもね」
 ちゅ、と一つ甘えたキスをして、それからアメリカは微笑んで見せた。
「君に優しくしたいし、嫌がる相手に無理やりセックスをせまるなんて好きじゃないのに、どうしてかな、君の嫌がる顔はすごくそそるんだ」
 これがこの男の常套手段だ。日本は良く知っている。強引に迫っておきながら、ごめんねでも許してくれるよね?と叱られた子供のような顔をしてみせる。ああもう、しょうがないなとこちらが肩を落としてため息をつくのを、待っているのだ。駄々をこねてればいずれ与えられるものだと決めてかかっている。甘え上手というより、彼はただ傲慢なだけだ。思惑どうりに事が運ばなかったことなどないような顔をして。
「・・・・・でも憎めないんですよね」
 苦笑する日本の額に張り付く髪をぬぐいながら、アメリカはなんだい?と聞き返す。
「得な性格してますね、あなたって」
「んん?」
「なんでもありません。・・・・ねえそれより早く。・・・・・・・・誰も来ないうちに」
 日本の控えめな誘い文句にアメリカは簡単に乗った。
「・・・・・・っ、ふ、・・・・・・ぅっ」
 日本の、ため息に似たひそやかな喘ぎ声をアメリカは好きだと言った。派手に喘ぐ女の子よりも、君の我慢してる顔はすごく興奮するよと囁かれて、喜びよりもその『女の子』とやらに嫉妬をしてしまうことを、アメリカは知らないだろう。教えるつもりもない。知られたくない。あくまでもこの関係は戯れで、どちらかが本気になってしまえば壊れてしまうと思うから。彼の気が向いたときに体を重ねるだけの、何の執着もない風情を装って、また彼の気が向くのを待つ。それでいい。若い彼は、奔放で魅力的で傲慢だ。日本が醜い独占欲を見せれば、すぐに離れていくだろう。今はものめずらしさからか日をおかずにこうして訪ねてきては日本を構うが、そのうちに新しいおもちゃを見つけて、日本を忘れるのだろう。それでもいいと思うのは、さすがに甘やかしすぎだろうか?ああまったく、彼は私の一番苦手なタイプだったと奥歯を噛む。
・・・・どうして好きになってしまったのか。
「・・・・・・・・入れるよ?」
 欲情した、上ずった声で囁かれて戦慄する。向かい合っていた体を引き剥がして、アメリカは日本を後ろから抱いて膝に乗せた。腰を掴まれて、散々弄られてやわらかくとろけた蕾にアメリカの性器が宛がわれる。待って、ゆっくり、と逃げようとした日本を許さずにアメリカは強引に肉を突き入れた。
「−−−−−−−−−−っ」
 悲鳴を飲み込んで、日本は大きくのけぞった。水面を打って、水が跳ねる。
「・・・、狭い、ね」
「・・・・・っ・・・・・」
 中を抉るように、大きな肉の塊がず、ず、と襞を押し広げて入ってくる。息をうまく逃がせずに、日本は喘いだ。奥を散々弄られて、昂ぶっていたはずの日本のペニスがその衝撃に力を無くしている。すべてを日本の中に押し込んでから、アメリカは長く息をついた。
「全部はいったよ?」
 頭の中をいくつもの下品な罵声が浮かんでは消えていく。けれど日本にできるのは、ただただ唇を噛んで耐えることだけだ。まって、お願い、と震える声で囁いて、アメリカの膝の上で日本は浅く息をつく。
「いいよ、幾らでも待つ。君の中、きつくて熱くて、すごく気持ちがいいんだ。ねえ、わかるかい?君のアソコが、ヒクヒクして僕のペニスを締め付けてる。君が口でしてくれるよりもずっとやらしい動きでね。もっと教えてあげようか?君が、泣き出すまで、泣き出しても君の中でじっとしていようか・・・・・」
「・・・・・・ぁあ・・・あああ・・・・・」
「おや?動かないで、欲しいんじゃなかったのかい、ホラ、腰を動かさないで。ああダメダメ、ほら、動かさないのがいいんだろう?それじゃあ君のこの小さな穴から抜けてしまう。だめだってば、腰を動かさないで。オレのが抜けるってば」
「・・・・っ、あなたは、意地悪です・・・っ」
 深く繋がったままのアメリカのペニスは脈打って日本を煽る。動かさないまま、埋め込まれた肉の塊が、ドクンと脈打つたびに日本のペニスが反応していく。その緩やかな刺激に焦らされて、目が眩んだ。
「あ、あああ・・・っ、だめ、だめです・・・・・・・・っあああっ・・・・・・・・・・あっあっあっ・・・・」
 アメリカの膝にまたがり、両足を開いている自らの姿態の浅ましさは十分理解している。けれどもう我慢は長くききそうもなかった。アメリカの膝を掴む両手の力が抜けていく。腰を揺らして、快楽をむさぼりたい。襞で肉を味わって、引き抜いて押し込んで、何度も繰り返し犬のように腰を振って思う様射精したい。じんじんとしみるような重い疼きに唆されて、日本は無意識のうちに腰を揺らした。
「一人で気持ちよくなってずるいんだぞ?ねえ、日本オレも気持ちよくしてくれよ。ほら、腰を振って、自分で動いて。出来るだろう?オレの膝を掴んで腰を振るんだ。・・・・・・・・・・ねえ、日本?」
 その甘い声に唆されて、日本はゆっくりと腕に力をこめた。掴んだ男の膝を頼りに、ゆっくりと腰を上げていく。ゆっくりと肉が襞をこすって、粘ついて締め付ける。離れがたい、引き抜く感触に震えながらもう一度腰を落としていく。絶叫できるものならばそうしていた。か細く女のように喘ぎながら、日本は腰を振った。アメリカの視線が背中を舐めるようにへばりついている。日本の細腰が揺れる様を淫蕩な視線で眺めてアメリカは重い吐息をついた。
「・・・んっ、んっ、ん、んっ・・・ぅ、あ」
「いいね、気持ちいいよ、日本・・・・君もいい?」
「・・・・・・ぇ、ええ・・・ええ・・・・・・ぁあ・・・・あああ・・・・」
「かわいい」
 可愛いとは何事だ。馬鹿にするな。馬鹿にして。馬鹿にして。可愛いなんて。もっと言いようはあるだろうに。子供をあやすように、そんな言葉で、ほめているつもりか。
「締め付けてる・・・ねえ、日本。君の小さなココが」
 アメリカの指先が、繋がっている部分をからかうように撫でた。危うく声を上げそうになった日本は息を呑む。ダメだ、ずっと焦らされていてもう我慢できそうもない。それになによりもう上せて。目の前が赤い。
「ねえ、お願いします・・・・・・アメリカさん・・・・お願いします、もう許して・・・っ、ぁ、あっあっ・・っもうだめです、もう、」
「もう?」
「私、もう・・・・っ」
 どうしたいの、とこの上嬲るつもりかと怒りすら込み上げる。けれどそれを表情には出さずに、日本は苦悶に眉を寄せてか細い声で願いを口にした。
「・・・・ああ・・・・・・もう、・・・・・・・・・・達してしまいそうです・・・っ・・・」
「・・・・・・・・・・可愛いな、君は」
 アメリカは日本の腰を掴み、浴槽に預けていた背を起こした。そして、日本とは比べ物にならない力で抉るようにペニスを一気に突き立てる。引きつって反り返る日本を抱き寄せて、独善的なリズムで日本を犯した。
「君は・・・っ、・想像もしていないんだろう・・・・っ」
「ぁ。ああっ、あっ、あっ、だめです、だめです・・・ああ、あああっ、だめです、いや、いやぁ・・・・っ」
「君のその控えめな言葉とか仕草が」
「・・・・だめぇ・・・・っ」
「オレをすごくすごく興奮させるって・・・・それともっ、っ、計算してるのかい?ねえ、日本・・・ああ・・・・いい、ねえ、いくよ、君の中に出すよ、っ、・・・・・・・・・・・・く・・っ」
「ひ、ぁ・・・・・・・!・・」
 荒立つ湯が跳ねて、反響している。激しく突き立てられ揺らされて、日本はそのたびに精液を零していた。湯に混じった白いものがたゆたい消えていく。背後でアメリカが呻き、日本の背に顔を埋めて一度びくりと震えた。どっと日本の襞の内に熱いものがこぼれ注ぎこまれていく。射精したアメリカの性器の脈動を身の内で感じながら、日本はもうこの銭湯には二度とこれないなと諦観した。
「・・・・・・・はぁ・・・・・」
「・・・・・日本?」
「・・・・・・・・・・・・もう離して下さい」
「冷たいな、いいじゃないかどうせ誰も来ない」
 繋がったまま顎を捕まえられ、日本は無理やり頬に派手なキスを一つ頂戴する。この馬鹿と何度思ったかわからないことをもう一度思う。ああこれどこからどうしたらいいんでしょうかと、汚れた湯と、最後のあたりでは抑えることすら忘れた自分の狂態を思い出して頭痛すらするようだった。
「そういう問題じゃあ・・・」
「バンダイの老婆は耳も遠かったみたいだぞ?ハグして確かめたけど、耳元で囁いた声は聞こえてなかったみたいだし」
 まあそのあと卒倒していたからどうだかわからないけどね!と適当なことを言う。
「それで抱きついたんですか?あなたって本当に抜け目がないというか・・」
「はじめからこの銭湯は貸切にしてあるし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はじめから?」
 スリルがあっただろう?と若造が朗らかに笑う。
「じゃ、あなたそもそもこういうつもりだったんですか」
「サプライズだよ、日本!なんせ、今日は付き合って一年目の記念日だからね!」
 ニコニコとして抱きついてくるアメリカからのまさかの記念日宣言に、日本はとっさに言葉を失った。まさかこの男付き合っているつもりだったのかと欧米人の感覚に改めて驚愕して、日頃は覚えない暴力への衝動を必死に耐える。付き合っているだと?まさか。会いたいときにやってきて、自分本位のセックスをして、子供のような独占欲で人を振りまわす、これが恋人に対する仕打ちだとそういうのか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめです、気が遠くなってきました」
「ええっそれは大変だ。さあ、ダーリン、オレに捕まって」
 上機嫌のアメリカに逆らうべくもなく日本は軽々と抱え上げられ、もっとも恐れていたお姫様抱っこで風呂を後にすることになる。
「・・・・・・・・・・・あなたなんて大嫌いです」
 せめてもの抵抗を見せた日本に返した、アメリカの空気の読めない一言は、「聞こえなかった!もう一回いってくれないかい!」だった。勿論もう一度聞く気などこの男にはないけれど。