「チェックメイト」
キングを殊更丁寧に基盤において見せながら、ロイマスタングは足を組みなおした。何度目かの攻防の結果は、もはや思考能力を完璧に失うほどの惨敗で、エドワードは右手を顎に添え、思い切り眉を寄せる。しかし何度見直しても、一度決した勝負はひっくりかえしようもない。
おおよそのルールさえわかれば、単純なゲームのはずだった。しかも、この傲慢で尊大な上司がハンデまでくれるという。負けたらなんでも一つ言うことを聞くという賭けに乗ったのも、自分が勝つと信じて疑わなかったからだ。
それが。
どうして。
「どうしたね?エドワード。随分難しい顔をしているが?」
「・・・・・・ぜってえ、ナンカずるしてるだろ」
「ずる?」
「なんっで、駒二つ抜いてるあんたにオレが負けるんだ?ありえねえ!!」
「単純なゲームだと君は思っているようだがね。これはなかなか奥深い。上級者と初心者では、いくら駒に差があろうと勝つことはさして難しい話ではないのだよ」
はじめから勝つことなど微塵も疑っていなかったような顔をしている。なにを要求されるのかを想像するのはたやすいことで、それがなおさら腹が立った。
「こんな真似して、言うこと聞かせてたのしいか?」
「嫌なら、はじめから勝負に乗らねばいいものを。違うか?鋼の。因みに聞いておこうか。もし、私がまけたら何をさせるつもりだったんだね?」
「・・・・・三回まわってわん」
ロイがおかしそうに笑うのを、心底悔しそうににらみつけるけれど、ちっとも効果はないようだ。
「もう一度するかね?今度はクイーンでも抜いてやろうか?」
「あー・・・!!すげえ、屈辱!あんたんちなんかくるんじゃなかった!オレがバカだった!」
夜更けの、独特の静寂。大声を上げるのはわざとだ。でなければ妙に静かな屋敷の一室で、二人きりを意識してしまうから。
ゲームに熱中しているときはなんとも思わなかったのに、こうしてロイに改めて見つめられると心臓のリズムが狂う。目を細めて、穏かに笑うこの男の本性を知らないわけではないのに。
「で。オレになにさせたいわけ」
「・・・・・・なんだと思う?」
意地の悪い問いかけは、お互いが一つのことしか思い当たらないことを知っていて、あえて発せられる。
こうしてロイは、賭けや等価交換と偽って体を手に入れようとする。
そんなものがなくても、とうにロイのものなのに。
それがエドワードには無性に腹立たしい。どうして素直に、欲しがってはくれないんだろう。
縋ることを許さない、残酷な真似ばかりして。
まるでセックスを物のように扱って。
嫌な男。
「どうせ俺の体が目当てだろ」
「少しは賢くなったようだね」
「・・・・・最年少国家錬金術師なんですけど」
言外に馬鹿にするにも程があると告げて、エドワードはチェスボードを机から払いのけた。落下した駒の音が妙に高く響き、白と黒のそれが床に散らばる。重厚なつくりのテーブルの値段などしったことではない。靴も履いたまま、テーブルの上に腰をおろす。正面に向かい合うロイは、語調も強めずに、まるで惜しくない口ぶりでエドワードを諫めた。
「乱暴なことをする。折角将軍からいただいた駒なのに」
「やんの?やんないの?」
机の上に四肢をつき、ソファに腰をかけたままの男の鼻先を舐め上げる。
自ら上着のボタンに手をかけ、タンクトップ一枚の華奢な体を晒す。
期待を、一つもしていないわけではなかった。
この家に招かれたときに、はじめからそのつもりだったといってもいい。こんなやり方の正否は別にして。ごくりと喉を鳴らし、エドワードは自身のベルトに手をかけた。
「ここでストリップか。それもいいが。ちょっと待ちたまえ」
「なんだよ」
「勝負に勝った私が奉仕をするというのは、あまりにも君にとって都合がいいとは思わないか?あくまでここれは罰ゲームなのだから。私を楽しませてくれないと」
「・・・・・くわえろって?」
「・・・・いかんな。君はそういうことをどこで覚えてくるのかな」
わずかに眉を寄せたロイを心地よく思って、エドワードは口元だけで笑う。
「アンタ以外の誰がこんな真似オレに教えるってんだよ。小児性愛者の大佐殿」
「すれたふりもなかなか様になっている。けれど、まだ手加減されていることも知らない子供には御仕置きが必要だとは思わんかね?」
知らない女は、ロイのこの笑みを見て、きゃあきゃあと嬌声を上げるんだろう。けれどエドワードは痛いほどわかっている。こんなふうに笑うときは限って、ろくでもないことを考えているんだと。
けれどその視線にぞくぞくと、背筋を舐め上げられるような快楽の予感を感じているのも事実だった。
夜の静寂が、次第に形を変えて濃密になっていくのを感じる。
脳裏をよぎるのは、情交の記憶だ。
無造作に組まれた男の足の間を、無意識に視線が漂う。爪が短く切られた指先は何度、この体の奥深くを出入りしただろう。ぬるつく精液の助けをかりて、ぬちゃぬちゃと卑猥な音を立てて、そこが疼いてどうしようもなくなるまで弄られて、哀願しながら、いつも男を受け入れる。亀頭の先を飲み込む瞬間の、息の止まるような快楽。
けれど、甘やかな期待に目を潤ませるエドワードの意識は、一瞬で冷や水を浴びたように我にかえった。
ロイが何気なく取り出したもののグロテスクな形にはそうさせるだけの力がある。
男の性器を精巧に模したそれが、何のためらいもなく眼前に投げ出された。
毒々しく、黒く、ぬめった様に明りに反射するそれ。
「・・・・・・・最低、はもういい飽きたぜ。オレ」
「私も聞き飽きたよ、鋼の」
にっこりと笑ってみせる顔は、冗談だろうと伺うエドワードを一蹴する。
「君が、一人では出来ないというから」
道具を貸してあげよう。
けれど、どうしても信じがたくて、エドワードは繰り返した。
「冗談、だろ?」
「私は冗談が苦手でね。よく女性からも真面目すぎてつまらないとなじられる。申し訳ないね、エドワード。つまらない男で」
「・・・・・アンタ、ここまできたらエロいっつうより、えぐい」
「うん。だが、君ははじめに、負ければ何でもするといった。私は君の体にコレが出入りするところが見たいんだよ。鋼の」
本気を悟り、エドワードは呆然とそのグロテスクな異物を改めて眺める。怒りとも、恥辱とも区別のつかない感情が、頬を熱くした。自分の趣味の悪さに吐き気がする。こんな男を、けれどどうしようもなく愛してる自分に。
「・・・・・・冗談きつい」
「何度も同じことを言わせるな?鋼の」
やわらかい口調で、嘲る。
笑っているのに、残酷。
泣くことほど、愚かなことはないと知っていても瞼の奥が熱く滲んだ。眇められた漆黒の双眸が、冷え切ったままエドワードを見つめている。その視線に、そそのかされるようにエドワードはゆっくりとズボンに手をかけた。下着ごと取り去ると、晒された下半身に夜気が触れる。体が震えるのは、寒さのせいだけではなかった。タンクトップに手をかけることはためらわれた。男は着衣を少しも乱さずに自分を眺めている。自分だけが、全てを脱ぎ捨ててしまうことには何時までたっても慣れない。
愛玩動物のようで。
事実と大差ないけれど。
萎縮しきった性器におずおずと触れる。 うつむいたまま、ゆっくりそれを掌で握りこめば、鋼の右手の冷たさに腿が震えた。
「ん・・・・・」
見られている。
ロイは、頬杖をつきなにかのショーでも見学しているかのような、清廉な顔をしている。
見られているのだと思うだけで、足先にまで痺れに似た感覚が走る。ゆっくりと頭をもたげてくる自分の性器を、ゆっくりとこすった。ほかにどうしたらいいのかわからないのだ。
どうしたら、男をその気にさせられるのかなんて、わかるわけがない。
おずおずと足を開き、立てた足の間のソレのくびれた部分を親指で何度もこすれば、中心から甘い疼きが湧き上がる。没頭できればいいのにと呟く。旅先で、この男を思いながら一人でするように、ただ射精の瞬間だけを思ってできればいい。そうしたら、少しは思いが伝わるんだろうか。
「・・・・つまらないな」
ぽつりと呟かれた言葉にエドワードは大きく肩を揺らす。思わず顔を上げれば、ロイが立ち上がろうとするところだった。
「・・・どこ、いくの」
「寝室だ。明日も早いのでね。いつまでも君に付き合っているわけにはいかないから」
「・・・・オレをほっといて、寝るの」
「君が上手に出来れば別なんだがね。苦痛ならばやめてしまってかまわないのだよ?」
「・・・・・オレとシたくないの?」
愚かだと知っていても、今更やめられるはずもない。男を引き止められるのならば、何でも出来た。
見せ付けるように、右手の人差し指を舌先でなぞり、あふれるほど唾液を擦り付ける。その指を、開いた足の間にゆっくりと押し込んだ。一瞬開かれる苦痛に眉を寄せ、小さく呻く。
ぐちゅぐちゅとわざと音をきかせ、何度も襞をなぞった。男にそうされたことを思い出しながら。
「少しは、上達したらしい」
「おかげ、さん・・・・で・・・・っ・・・・ぁ」
愛してる、とかいったら。アンタ、笑うんだろうか。
自らの先走りを塗りこめながら、何度も蕾の表面を擦る。ならされた入り口は、簡単にエドワードの指さきを飲み込んだ。すでに、指だけでは物足らなくなっている。ぬれそぼる性器を必死に握りこむ。イくことは簡単だが、そうしてしまえば男のものを体内に飲み込むことは難しくなることは経験上知っている。喉を鳴らし、ソレを手にとった。こんなもん、はいるわけねえだろと毒づき、それでも押し当てる。
「エドワード、先に濡らしたほうがいい」
抵抗する気力も、もはやなかった。プライドは彼がねこそぎ奪ってしまった。
のろのろとソレを口元にはこび、頬張る。ゴムの弾力は、実際のそれに似ていなくもない。そのことがなおさら嫌悪感を誘った。男を、そうしてやるように、舌先で張型の先をなぞる。割れ目に舌を這わせ、こぼれる唾液に構わず何度も飲み込んだ。濡れて、ソレはいっそうグロテスクに滑る。
けれど、何度押し当てても恐怖心がそれ以上力を込めることを拒んだ。先をわずかに飲み込んだきり、それ以上動かすことが出来ない。中はすでに火照ってl、男を欲しがってもどかしいほどの快楽を訴えているというのに。エドワードは泣きそうになりながら、ソレをもう一度押し当てた。
「おいで」
あきれるような、ふともたらされたその言葉にエドワードは顔を上げた。
ロイが両手をエドワードのわきの下に差し込み、猫の子にでもするように抱きかかえる。エドワードは思わず顔を赤らめた。
「なんっ・・・・・」
「ほんとに。君は強情だ。何時ねをあげるかと思ったが」
苦笑する表情に、からかわれたのかと殴りかかりたい衝動に駆られる。なのに、笑うロイを見た途端。
くやしいけれど、エドワードも両手をのばしてしまうのだ。
抱きしめるために。
「いいものを見せてもらったよ。あんなに頑張るとは思わなかった。どうしてだろうね。・・・・鋼のを苛めるのはたのしい」
はじめからそんなに無理をさせるつもりはなかったのだと笑う男に、安堵するのは悔しい。しがみつき、かっこわりいと内心恥らいながらそっぽをむき、吐き捨てるように呟く。
「・・・・・最低・・・っ」
「知ってるよ」
抱きすくめられ、向き合う体を逆に返される。唯一身につけていたタンクトップを剥ぎ取られ、背後から、冷えた指がいやらしく薄い胸板の上を這う。紅く立ち上がる乳首を押しつぶすように弄られ、小さく声を上げた。左手の指先は、奥まった蕾にのばされている。ロイの指が触れただけで、そこがびくびくと蠢いた。一本押し込まれただけで、放ってしまいそうになりながらエドワードは足の爪先を伸ばした。
「膝の上にちょうどおさまるな。ちょうどいいサイズだ」
「小さいって・・・・・ぁ・・・・あっ」
反論を、淫らな行為に封じられる。ぐちゅぐちゅと何度も指先を出し入れされて、意識が陶然とする。だから、ロイがソレを手に取ったときも、正確に理解することが出来なかったのだ。挿入される瞬間まで。
衝撃に体が揺れた。突然差し込まれた物体の圧迫感が胃を萎縮させる。けれど、同時に声にならないほどの充足感と悦楽を覚えて、エドワードは嬌声を上げた。体の奥に欲しかった、硬い肉棒の感触だ。
「ほら、入っただろう?」
ロイは、嬉しそうに耳元で囁き、ソレをゆっくり動かした。一度飲み込んでしまえば、あとは簡単だった。濡れた音を聞かせながらソレが体の奥からエドワードを刺激する。
「私以外に犯される感触は?鋼の?・・・・・きもちいい?もっと酷くしたほうがいい?」
早められたリズムについていけずに、思わず息が止まる。
「言ってごらん鋼の。どうして欲しいか、今なら何でもきいてあげる。お前のいうとおりにしてあげる。かわいい私のエドワード」
耳朶を舌で嬲られて、身を捩ればいっそう深くそのオモチャに犯される。自ら腰をふる、はしたない真似をしていることにも気づかない。ロイの手に自らの手を添え、欲しい場所に誘う浅ましさが男をより煽っている。じゅぷじゅぷと、飲み込んだ箇所が泡だった音を聞かせた。
「や、・・・・・・!やぁ・・・・っ、も、・・・・・・・!」
長く声にならない悲鳴を上げて、ソレを強く体内に押し込む。唇をかみ締め達しようとする性器を握りこんで押さえ、エドワードは震える体をロイに押し付けた。ねだることには慣れている。いつもそうしないとロイは与えようとしないのだから。
「もう・・・・・して・・・・・っ・・・・大佐ので、して・・・・こんなんじゃ・・・やだ・・・っ」
泣き声になるのはしょうがない。熱を持った硬い肉棒の感触を覚えている襞の奥が、こんなもので満たされないのは当然のことなのだ。肉のこすれる感触も、内で爆ぜる生暖かい精液のにおいも何をもってしても代わりになどならない。
「アンタのじゃないと・・・・・っけ・・・、ねえ・・・・っ」
「いいだろう」
ロイは満足げに笑い、すでに硬く立ち上がっている陰茎を自ら引きずり出した。先端はすでにぬめっていて、ならされたエドワードの蕾に難なく押し込まれる。
短い悲鳴。ぱたぱたと床の上に精液を放ち、エドワードはびくびくと爪先を揺らした。
けれど達したばかりの幼い体を、ロイは許さず、挿入したまねじりこむようにスライドさせる。深く犯す行為に、抵抗するすべもない。断続的な悲鳴が挿入のリズムに合わせて繰り返される。
「まだ眠るには早いぞ、鋼の。私を楽しませてくれるんだろう?」
快感にかすれる男の低い声音に、刺激される。犯され続けた後膣は鈍磨していて、感覚がない。腸壁をすりあげる男根があたえる愉悦だけが残り、達したばかりのエドワードの性器を刺激した。
「泣けばいいのに。子供らしくないよ、鋼の。泣いて、私を愛しているといいなさい。そうしたら私も愛していると言ってあげる。なんでもすると。何時までも私のそばにいると」
泣きじゃくりながら快楽を追うエドワードの耳には届かない。
長い夜のはじまりに満足したように笑いながら、ロイはそれから考えることをやめた。