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幅二メートルにも満たない浅い清流は幸いすぐに見つかった。水の匂いがするだろうがとか音聞こえねえのかてめえはなどと詰られながら水場に辿りつき、エレンはようやくリヴァイの腕を離した。エレンに半身を預けてとはいえ、片足を庇いながら道のない荒れた森を進んで、時間にして20分に満たなかった距離といえど流石に疲れたのだろう。リヴァイはその場に腰を下ろし、肩で幾度か呼吸を繰り返している。
「兵長、大丈夫ですか?水飲みます?」
「・・・うるせえ、歩かせやがって死ね。おぼれて死ね」
「・・・・・水深15センチで死ねるほど器用じゃないです」
悪態がつければ十分だとリヴァイを置いて、エレンは川傍に膝をついた。痛む片腕を抱えるようにして、空いている手を水に浸す。源流が近いのだろう。ひどく冷えた透明な水が掌に滲みた。すくいあげて唇を濡らす。喉を鳴らして飲み込み、もう一度同じように掌に掬った。こぼさないように慎重に立ち上がり、座り込むリヴァイの元へ運ぶ。
「・・・・・なんだ」
「早くしてください。全部こぼれます」
「てめえの手から俺に水を飲めと?」
ぽたぽたとエレンの手のひらから垂れる水に膝を濡らし、リヴァイは睨みながら首を傾げて見せた。けれどお互い言い合いをするほど、体力が有り余っているわけではない。言い方の割に口調が柔らかいこともあり、取り合わずにそのままリヴァイの唇へ底を丸めた掌を押し当てた。一瞬の沈黙の後、そっとリヴァイが唇を開く。伏せられた瞼に添う睫毛が、白い頬に影を落としている。どきりと心臓が跳ねた。思わず、息を飲む。自分の手からリヴァイがただ、水を飲むそれだけなのに。赤い舌が僅かに薄く開いたくちびるの間から覗く。ひた、と水をためた掌の側面に舌が触れたと同時に、思わず声を上げていた。
「うわ?!」
弾かれたように手を思わず振り払う。そこから先は悲劇としか言いようがないが、丸めた掌の上のわずかな水がリヴァイの顔面を洗う結果になり、二人の間に愉快とは決して言い難い沈黙が落ちた。神様。
「・・・・・・おい」
手の甲で顔面を拭うリヴァイの表情を確認する余裕などない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言い訳をする間を惜しんだわけではないが、足を痛めているリヴァイと物理的な距離をとることで身を守ったエレンを誰が卑怯だと責められるだろう。しっかり50メートルは離れたのは、決してリヴァイを過小評価していない証拠だ。逆にほめてはくれないだろうかとは無駄な期待だったが。
「てめえ、そんなに生まれてきたことを後悔するような死に方がしてえのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・偉大な上官は寛大であれと」
「誰が言った」
「・・・・・・・・・・・・・オレです」
「偉大な上官は馬鹿を片っ端から殺すと俺の辞書には書いてある」
「ええとその、手が・・・滑って・・・・?」
はたして先ほどの一連の行動を、滑って、と表現していいものかどうかわからないエレンの疑問形の言い訳が通用するわけがなかった。自分でもそんなわけがないと知っているのでなおさらだ。
「てめえは俺を馬鹿にしてるな・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・まさかそんな。偉大な上官は可愛い部下にもう一度機会を」
「与えねえ」
「・・・・・・・・ですね」
どくどくと心臓はまだ平常には戻らない。距離を取った理由はもう一つある。多分今、顔が赤い。
(なんで・・・・)
ただ舌が触れた。
水を啜るために。
(そんだけだろ)
「おい、肩かせ」
「・・・・殴らないって約束してもらえます?」
「チッ、分かったからこっち来い、愚図」
舌が触れた。赤い、小さな舌が、そっと触れて水を啜った。唇を押し当てて、喉を動かして。伏せた睫毛が妙に長くて、頬に影を落とした。それだけだ。たったそれだけ。
それだけのことだと自らに言い聞かせてエレンは暫く心臓が静かになるのを待った。正常に脈打ち始めるのをしっかり待って、今のはなんだったんだと顔を顰める。50メートル先のリヴァイの苛立ちがそのうち、殺気に変わり始めたころ、ようやくリヴァイの言い分を信じて距離を縮めた。案の定、固めた拳で頭の天辺を殴られたけれどそれは想定の範囲内だ。川傍にリヴァイを連れ、自身はその場を離れた。巨大な広葉樹の根元に腰を下ろして、袖が濡れることも厭わずに熱心に両手をこするリヴァイの背中を眺めた。乾いた血がなかなか落ちないのだろう。暫くリヴァイはそうしていた。
「・・・・・ここで過ごす覚悟をしないとな」
わざわざ口に出したのは、確認のためだ。心のどこかで、今にも古城から特別班の面々が探して見つけ出してくれるのではないかと淡く期待している自分がいる。けれど、リヴァイの言うとおりそれは非現実的だし、助けを待つだけではあまりにみっともない。オレはただのガキじゃなくて、兵士だ。
「しっかり、しないと」
どう行動するのが正しいのか、正しかったのか、後悔はいつでもできる。今できることをするしかないのだと、若い単純さでエレンは拳を握った。よし、と立ち上がり、当たりを見回した。この森のそこかしこに、巨大な根がうねるように地面を這う大樹が林立している。斜面を深く根がえぐり、穴状の洞を作りだしていた。ここにジャケットを引いて横たわれば、十分眠れるかもしれない。贅沢は言えない。寄り添う大樹の葉が、おそらく夜露をしのいでくれるだろう。穴へ降りて、広さを確認する。湿った泥の匂いがする。穴から這い出て、遠目にまだ一心不乱に何かを洗っている背中を確認した。ああ、ちゃんといると、ほっと息をつく。
「兵長、落ちましたか?」
血のこびり付くジャケットまで丁寧に洗っていたらしい。しっかり絞ってある濡れたジャケットを無言で手渡され、受け取る。その足で木の枝にひっかけてもどり、もう一度リヴァイを支えて、二人は川傍から離れた。大樹の根元に二人して背中を預けると、図らずもほとんど同時に溜息がでた。
「・・・夜には乾きますかね?」
「さあな」
「あっちの木の傍の斜面に、根が抉った大きい穴が開いてました。夜にはそこで寝ましょう。少なくとも夜露がしのげる」
「・・・・・・腹ぁ減ったな」
そういえば朝食もまだだったとリヴァイの言葉で思い出し、急に胃が締め付けられる。
「ああ・・・・今日ぺトラさんが食事当番で」
「・・・・・・・・・・」
「オレンジもらったからってオレンジとハーブのソースで魚を焼くんだって」
「・・・・・・・どうしてそう、てめえは考えもなしに思ったことをすぐ口に出しやがるんだ」
「えっすいません、余計お腹がすきましたか?」
「・・・・・・おい、てめえの足元にあるその草」
「え?」
「てめえの足元のその草だ」
エレンの投げ出した足の先に生えている、どこからどう見てもただ雑草であるそれをリヴァイが指差した。言われるままに毟るエレンは、基本的に素直だ。よしと頷くリヴァイに何がよしなのかわからないけれど、流れ的に食えるってことだよな?と納得のいかない顔をしながら、それでもエレンは草を噛んだ。
「どうだ」
「・・・・・・・・・・草です」
「だろうな」
「・・・・・・・・・・・おいしくないです」
「エレンよ」
「・・・・・・・・・・なんか虫も食べたかもしれないです」
「冗談だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ」
そんなにこりともせずに冗談だと言われても困る。笑うこともできずにエレンはただもさもさと草を噛んだ。
「本当に食うとは思わなかったからな」
「・・・・・・・・・・・・・」
「悪かった。・・・そこに小指ほどの石が転がってるだろう」
「・・・・・・はい」
「口に入れてしばらく舐めとけ」
「・・・・・・・・・・兵長」
「今度は冗談じゃねえ、口に入れとけばそのうち食えるようになる」
何を考えているのかわからない真顔で言われては、逆らうこともできず、エレンは草を飲み下した後言われるままに小石を拾って口に放った。小石はごろごろとして、土の味がする。
「へいほう」
「・・・・・・うまいか」
「・・・・・・・ふまくないれす」
「だろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「食えるわけねえだろう、バカが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
要するに空腹を紛らわしたいことだけはわかって、このひどい冗談についてこれ以上リヴァイの相手をする気にはなれず、エレンは立ち上がって石を吐き出した後、食べれそうなものを探して回った。幼いころミカサと山を散策して食えるものを拾って歩いたっけと昔の記憶を頼りに、木の実を何種類か拾う。ジャケットのポケットが膨らむほどの量を集めて戻る。仕返しかとリヴァイが疑う目の前で、五つか六つを齧って見せた。ようやく信用したリヴァイが、まずいだのなんだの言いながら木の実を齧り、三つ口に入れて、一つをエレンにぶつけるというサイクルで、腹を何とか満たした。
空腹を満たせば、なんとなく次にすべきことも見つからずぼんやりと二人して大木に背を預けて、暮れ始める空の暗澹としたオレンジを見上げる。そのうちそれにも飽いたリヴァイが小石をエレンの頬に弾きはじめたが、それも気にはならない。
「なんか」
「ああ?」
「悪くないかも・・・・?」
あまりにも穏やかな時間を、エレンは語尾を上げて遠慮がちに表現した。リヴァイが弾く小石のサイズを小指大から親指大に変更したのは、さすがに状況に見合わぬエレンの言葉に苛立ったからだろう。
「いって、兵長、今のデカくないですか?」
「・・・・おめでてえな」
「いやだって、訓練兵時代からあんまりゆっくり過ごすってこともなくて。同期の奴らと寝食ともにして、楽しいこともそれなりにあったんですけどね、兵士にならなきゃ兵士にならなきゃって多分オレはほかの奴らよりガツガツしてて、時間があれば体鍛えて飯食って寝て起きて、必死で訓練して」
余裕と呼べる時間がなかったのだと今になって思う。彼らと笑いあうことも出来たはずだが、決して優秀ではなかったエレンにはある意味同期は全員が敵だった。
「時間なんかいくらあったって足りねえって思ってました。巨人ぶっ殺すにはまだオレには何にも足りてねえってわかってた。ミカサみたいに体術が特別出来るわけでも、アルミンみたいに頭がいいわけでもない。努力と根性しかなかったから、ただ馬鹿みたいに頑張らなきゃって、余裕がないのも知ってたけどそのくらいしか出来なかった」
望ましい状況とは程遠いが、それでもこうして木の実をかじったり、寝床の心配をしたり、暇をつぶすような時間の過ごし方はエレンにとって新鮮だった。
「・・・兵長ともゆっくり話せるし。普段、必要最小限にしか口きかないから」
あなたにずっと憧れていたと教えようか。そうすればこの険しい男の眉間が少しは緩むのだろうか。それとも、それも重荷だと、リヴァイは跳ねつけるのか。口を開きかけたエレンが、茂みから枝を踏む微かな音に反応した。かさり。かさりと何かが叢の向こうで音を立てている。日が落ちかけた薄暗い森は視界が悪く、すぐには茂みの向こうの影を判別できなかった。
「・・・・・・・兵長?」
「静かにしてろ」
慌てもせずに、リヴァイは平静だ。獣だろうか。森から聞こえる遠吠えのようなものを、古城で過ごす夜、何度か耳にしたことがある。それほど大きな獣はこの辺りにはいないはずだが、それでも緊張せずにはいられなかった。立体機動装置自体は使い物にはならないが、刃は無事だ。体を起こして傍らに置いてあった刃を手に取ろうとするエレンの腕を、そっとリヴァイが抑えた。音のする先を鋭い視線で見つめる。
かさり。かさり。
何かが茂みの間からひょこりと顔を出した。小さな鼻先がひくひくと蠢いて、ヒゲが揺れている。柔らかそうなつややかな毛並みと、細い爪先、長い耳が揺れて愛らしい。
「う、うさぎ・・・・」
気の抜けたようなエレンの囁きを聞きとがめたのか、灰色の野兎は警戒するように辺りを見回した。それでも、その可愛らしい生き物はおそらくまともに人間を知らないのだろう。逡巡するように、けれどゆっくりとエレンとリヴァイの元へ濡れた鼻先を忙しなく動かしながら近づいてきた。リヴァイの地面に置かれた指の先をしきりに嗅いでいる。至極自然な動作で、リヴァイが指を毛並みに這わせた。野兎は恐れもせずにその手に身を任せている。気持ちがいいのだろう。撫でる掌に、なんども体を押し付けている。
リヴァイが動物に好かれる理由はわかるような気がする。警戒心が強く笑わないリヴァイ自身が動物のようだからといえば、また悪態をつかれるだろう。オレが触ったら逃げるんだろうなとエレンは誰に言われずともそれを知っていた。
微笑ましい気持ちで、エレンはただ見ていた。リヴァイが小さなナイフを取り出してなお、それをどうするのか想像もできずに。
何度か灰色の毛並みを撫で、それからリヴァイはおもむろにウサギの耳の間にナイフを差し込んだ。自然な動作で、撫でるように優しく、そっと。甲高い悲鳴は一瞬だ。夕暮れを引き裂くようにか細い悲鳴が走る。何度か足で土を掻いて、すぐに兎は息絶えて痙攣を始めた。毛並みがじわりと黒く濡れて滲みていく。
「・・・っ、兵長・・・、なんでっ・・・」
「なんでじゃねえだろ、腹減ってんだろが」
至極冷静にリヴァイが兎からナイフを抜いた。滴る血を振り払い、死んだ兎の足を掴む。
「だってなにも今殺さなくても、懐いて、かわいかったのに」
「ああ。そういやあ」
聞き間違えたのだろうか。
目の前が眩む。
今、この男はなんと言ったのだったか。
「・・・・・・・・兵長?」
「だから、似てるって言ったんだよ。・・・お前らに似てる」
リヴァイが逆さにした兎から滴り落ちる血が、枯葉を鮮やかに染めた。ぽたぽたと絶え間なく血が流れて、それはたとえようもなく残酷だ。子供を殺すのによく似ている。むごいことなど何一つ知らない無垢な頬を目いっぱい殴るように、それは無慈悲だった。食うために殺すことを悪いとは言わない。日々口にする食料が命であることくらい十分すぎるほどエレンは知っている。腹が空いていた。確かに木の実だけでは満たされなかっただろう。それでも、信頼して押し付けられた小さくて柔らかい命を、今、引き裂く必要があっただろうか。喉がからからに乾いていた。ひきつった喉が喘いで、音を鳴らした。怒りに目が眩む。この感覚には覚えがある。ひどいものを見た。見てきた。そのたびに自分でも制御できない怒りに支配され、それに身を委ねた。
「お前らって、誰ですか?」
「安心しきった顔ですり寄ってきやがって」
「それはオレや、あなたの班員のことですか」
「首に突き付けられた刃にも気が付かねえ」
嘲るようにリヴァイが兎を捨てた。
お前らに似ていると呼んだ兎を、「捨てた」としか表現できないほど無造作に。
「いい加減に・・・っ」
衝動を抑えようとも思わなかった。力を籠めすぎて震える拳で掴みかかる。遮る仕草さえ見せずにリヴァイはなすがままだ。襟首を掴みあげてそのままリヴァイの背中の大樹へ、力任せに押し付けた。
「そんなに重荷ですか?!あなたへ期待をかけることが、そんなに・・・っ」
「おい」
「こんなとこまで尻尾巻いて逃げるほど、オレたちがあなたに憧れることがそんなに重荷なのか?!」
「離せ」
「なにが人類最強の兵士だ、あなたはただの卑怯者だ・・・っ」
「離せと言っているだろう」
冷やかに見つめられて、箍が外れた。気が付いた時には殴りかかっていた。
振りかぶった拳を、染みひとつない頬をめがけて振り下ろす。
加減など、出来るわけがない。
上下する自らの胸を見下ろす視界は赤い。横たわったエレンの頭上の夕闇に星が光りはじめていた。口中の錆の味が不快で、首を真横に動かして、ようよう血ごと唾液を吐く。敵うわけもなかった相手に売った喧嘩は余すところなく買われてしまい、面白いくらいボコボコに殴られた。利き腕が使えなかったのが敗因かとも思うが、相手は片足を痛めているので五分五分だろう。いや、どちらかといえば足の悪いリヴァイのほうが分が悪いと踏んでいたのだが、そこはさすがに人類最強と名高いだけのことはある。引き摺り倒されてマウントを取られるという妙なデジャヴを味わったエレンは、それでもまだ負けたとは思っていない。
「いやに、なったんでしょう?」
声が濁るのは鼻血のせいだ。かすれた声で、少し離れたところに座るリヴァイへ問う。
「人類最強の兵士だってオレたちが、あなたに期待するから。重荷になったんでしょう」
返らない答えを待たずに、詰る響きで問うことを許してほしい。裏切られたと思ってしまうことを許してほしい。もう引き留めようとは思わない代わりに、せめて。
「・・・・・・だから逃げ出したんだ。そうでしょう?」
どこへでも行けばいい。逃げたければ逃げればいい。もう追いはしないだろう。このまま逃げて、どこか目の届かない場所で死ねばいい。ただリヴァイを慕う班員を、哀れな兎のようだと思うのなら、この男を連れて帰る意味などない。
オレンジの空はとうに夜に染まり、暗い森の中顔を見られる心配はない。食いしばった歯も、噛んだ唇も、ゆがんだ顔もにじむ瞳も、リヴァイには見えないはずだ。ここは暗い。こんなところまで追いかけてくるんじゃなかった。背中を見送り、ほかの班員たちと一緒に古城で待てばよかった。そうすれば今頃はろうそくの光の中で、貧相でも温かいスープを啜っていられたのに。この男の正体も知らずに、ただその身を案じていられただろうに。
「・・・・・・・期待だなんだと、そんなものを重いと思ったこたぁねえ」
期待していなかった声が静かに落ちた。ぽつりともたらされた言葉をすぐには信じられずに、エレンは唇をもう一度強く噛んだ。
「精神的な重圧なんぞねえのと同じだ。生憎そんな繊細さは持ち合わせがない。・・・・・逃げたのは」
おそらく初めて、「逃げた」のだとリヴァイが認めた。そのことに気が付き、エレンはぎこちなく顔を横へ向けて、リヴァイを見た。表情は見えない。
「・・・・・俺があの若い兵士をやったと誰もがそう思うだろうと思った。いいや、そうじゃねえといけねえんだ」
「・・・・・・・・なにを」
「俺を信じなくていい。俺を庇わなくていい。助けようなんて、思わなくていい。俺もそうするから、だから」
「・・・・・なに、いって」
「だから、俺は逃げねえと。捕まるわけにはいかないから」
「・・・・・・・・兵長?」
リヴァイの、平素の声となんら変わらない。けれど表情が見えない分、どこか熱が籠りうわごとのようにそれは聞こえた。軋む体を起こし、這うようにリヴァイのもとへ近寄る。呼吸が乱れていることに、ようやく気が付いた。
「どうしたんですか、兵長」
そっと触れた額が驚くほど熱い。エレンが傍らへ身を寄せた途端、その体が崩れて寄りかかってきた。
「すげえ熱」
「・・・・・俺にかまうな」
「かまうなって、だって」
「・・・・・・捨てていけ、エレン」
熱に浮かされた囁きを、リヴァイはエレンの肩口に漏らした。戸惑い、その体を恐る恐る抱き寄せると、力ない両手が押し返そうと足掻いた。駄々をこねる子供のような仕草だ。
「兵長」
「どうして」
どうして追ってきた。エレン。こんなところまで。
続