セックスに興味がなかった。
 何が悲しくて人様の下半身をこねくり回したり嘗め回したり自分の陰部を突っ込んだり突っ込まれたりしなければならないのか。金をもらってもお断りだとリヴァイは思う。人間がある程度集団で生活していると、たびたびそういう問題に直面する。痴情の縺れだとか、お前が好きだとか嫌いだとか、そういうくだらない愛だ恋だなどという寝言のようなトラブルが、リヴァイはそもそも大嫌いだった。しょうもない。兵団の野外演習の際、雑魚寝をするリヴァイの隣で盛った男二人があほみたいな顔をしてチンポを握り合っていたこともある。その時は真顔で終始を瞬きもせずに見つめてやった。好きだとか愛してるだとか言いながらチンポこすってんじゃねえよ。吐き出してえだけだろが。男だろうが女だろうがリヴァイと寝たいと思う人間は後を絶たなかったがまともに取り合ったことはない。くだらねえくだらねえ。というかそもそも勃たねえよ、気持ちわりい。
 だから、知らなかったのだ。熱をどうやって吐き出せばいいのかを。
「…っ、は…」
 ぐ、と襟元を強く握りしめる。ベッドのシーツに包まり、リヴァイは身を縮めた。膝を寄せて、ただ押し寄せるものを耐える。それは波のようにリヴァイの下肢に重く伸し掛かり、ずくずくと甘く痛んでしょうがない。
 昼間は働いていれば冷静でいられた。雑事をこなし、兵士長としてまるで機械のように仕事を片付ける。他の兵士が一様に羨望と憧憬の眼差しを送ってくるのを無視して、淡々と働いていればよかった。夜は好きだ。一人ベッドで横たわり、そのうちに眠る。吹き消した蝋燭の匂いや、どろどろとした夜の闇の静けさ。本当ならば、今頃は泥のように眠っているはずだった。
「・・・っ、」
 体の中心が熱を持っている。うねるようにリヴァイの体の中で跳ね狂う塊は、このところ毎夜リヴァイを苦しめていた。嫌なのに。セックスは、好きじゃない。したいとも思わない。
「…くそ…、」
 あまりにも固く襟元を握りしめていた指をほどくには時間がかかった。痺れた指先をそろそろと開き、リヴァイは唇を噛み、そっと下肢へと辿らせる。膨らんだそこは、触れただけですでに湿っていることがわかる。心臓がまるでそこにあるかのように疼いている。触れた途端、耐えていた分だけ歓喜にびくりと背筋が震えた。
「…ぁ」
 漏れた声はあまりに甘く、みっともない。期待に満ちていて、まるで餓えたメス犬だった。それでも一度指が触れてしまえば、後は簡単だ。急いた仕草でズボンのベルトを外しにかかる。枕を噛み、リヴァイは声を押し殺す。ん、う、と喉で鳴いて、足の指先でシーツを掻いた。チャックを下ろして固く膨らむ部分を引き摺りだす。それは脈打ち、既に濡れていた。ぬるつく先端に指先で触れる。小さな穴がぱくぱくと口を開いては厭らしい液をこぼしている。
「ひ、…ぅ」
 慣れない愛撫はへたくそで、リヴァイは自分でもどうしていいのかわからなかった。とにかく出したい欲求に従って陰茎を握っては不器用にこする。
(あの目)
「っ、ぁ」
(あの目だ)
 体の変調に気が付いたのはいつだっただろう。
 夜一人になり、ベッドに横たわる。すぐに眠れるはずの頭が冴えて、そうすると決まってあの糞ガキを思い出した。檻の中、舌なめずりをするけだもののような顔であの餓鬼は「とにかく巨人をぶっ殺したいです」といった。ぞっとするような笑顔で、殺したくてたまらないとでも言うようにこちらを見るあの双眸。
「…っ、う、うっ、ぁっ」
 自らの手のひらに陰茎を包み込み、みっともなく腰を揺らしている自分をみじめだと知っている。けれど止まらず、夜ごと自慰を繰り返してしまっていた。あのエレン・イェーガーとかいう15歳の新兵の目を、言葉を、表情を、思い出すたびに欲情する自分はどこかおかしくなったに違いない。
(あの目)
 あの時、確かに鳥肌が立った。覚えたのは恐怖だっただろうか。いや、恐怖よりももっと強い。
 ぐちゅぐちゅと淫猥な水音を聞かせて、下肢が濡れる。蝋燭の明かりがゆらゆらと眩暈のように室内を曖昧に照らしていた。静かな室内に、その音はひどく大きく聞こえるけれどやめることは出来なかった。
「ぁ、…っあっあっあっ・・・」 
 固く両手で握り上下に動かす。自らを煽り追い上げる。手が早くなるのを止められず、リヴァイは涎をシーツに滲みさせて、喘いだ。破裂寸前の、すぐそこにある絶頂を堪えることが出来ない。
「ひ、う・・・っ」
 簡単にこぼしてしまうのは慣れていないせいだ。こんな真似、今まで数えるほどしかしたことがなかった。初めて死体を見た日と、それから巨人を殺した日。それなのに、これはどうしたことだ。どうしてこんなに発情した犬みたいに盛って、みっともなくチンポを握って喘いでいる。いつか見たくだらない光景を思い出す。愛してるとか、お前が好きだとか寝言を言いながら腰を振る奴らの無様な姿は思い出すだけで吐き気がする。
 畜生。
 どっとあふれた精液の生臭い匂いがシーツにこもる。手のひらが生暖く濡れてドロドロだった。達した喜びが背筋を震わせる。はっはっと浅く息をつきながら満たされた腹の中にこもる熱に浸り、汗をかいた体をもう一度きつく丸めた。
 セックスに興味がなかった。誰かと体を重ねるなんて、想像しただけでぞっとする。気持ち悪い。薄汚い。下肢を誰かに触れられるなんて、拷問でしかない。だから、なのに、なんで、どうして。
「・・・ちくしょ・・・っ」
 セックスに興味がなかった。一生誰とも寝るつもりなんてない。誰の手も、誰の愛情も必要ない。欲情に意味なんてない。ただの生理現象で、それ以上でもそれ以下でもない。だから、絶対に違う。
「畜生・・・」
 たかだか15歳のガキに欲情なんてするわけない。あの憎悪に満ちた目に鳥肌なんて立てるわけがない。だから、絶対に違う。こんなもの。こんなものが、愛情であるわけがない。
 精液で濡れた指先が、耐えられずにそっと自らの奥の窄まりを辿る。疼く奥を確かめるように、何度も襞の表面を繰り返し撫で、そのうち、中に指先を軽く押し込む。ぬちゃりと嫌な音がして、つぼみが指先を咥えこんだ。嬌声は声にならない。自らが中を犯されることを切望していることを知り、抗えるわけがなかった。
「あ、・・・あ・・・ぁ」
 ごくりと息を飲み、ゆっくりと指先を押し込んでいく。そこは痛みもなくたやすくリヴァイの指先を飲み込んでいく。歓喜するように、襞が蠕動して厭らしい音を立てた。耳を塞ぎたいけれど、それもかなわずにただリヴァイは嬌声を漏らした。指先をすべて飲み込んだ蕾が淫らに収縮を繰り返している。押し込まれた異物感が、どうしても想像させずにはいられない。男の性器を押し込まれて、みっともなく喘ぐ自らの姿を。男の、エレンの。あの年若い少年が獲物を食らう獣のように荒々しく自分を押さえつけて後ろから犯す光景がまるで真実であるかのように脳裏から離れようとしない。銜え込んだ指先をひくひくと締め付けてしまうのは、物足らないからだろうか。指じゃたらねえ。そんなんじゃなくてもっと。
「たら、ねえ・・・っ」
 エレンがほしい。あの餓鬼を押し倒して、喉笛を噛みちぎられながら固いペニスで貫かれたい。下から何度も突かれて、みっともなく腰を思うさま振って、空になるまで精液をこぼしたらどんなに気持ちいいだろう。もう一度固く立ち上がり始めた性器を煽るように、リヴァイは指を増やした。三本を簡単に飲み込んだぬるつく蕾を、まるでセックスに似て何度も繰り返し指で犯す。それでも埋めきれない隙間を無理やり埋めるように、行為は続いた。
 セックスに興味がなかった。だからリヴァイは知らなかったのだ。自身の執着の理由も、その名前も。
 とらわれたものの正体を知らずにいる。知りたくもなかったといったほうが正しいのかもしれない。
「ちくしょう」
 悲鳴にも似たその声は誰にも届かない。
 恋というにはあまりにもあさましい情動を持て余し、ただ暗闇に蹲る。
「エレン・・・っ」
 望むものを与えられずに、リヴァイは呻いた。
 子供のように。
 哀れに。