7          保健室









「おい」
 突然かけられた、たとえば街中でやくざに肩がぶつかり呼び止められるような威圧感で呼びかけられて、ロイは必要以上に肩を揺らしてびくりと反応した。扉の向こう半分でゆれる金髪にまさかと目を疑う。いくらかのためらいのあとに、エドワードエルリックがガツンと蹴破る勢いで扉を開いた。
「エドワード・・・」
「なれなれしく呼ぶんじゃねえぞこの、」
「男前?」
「ドンだけポジティブなんだてめえは・・・!死ぬときは前のめりに死ぬほうか?あ?折りたたみ自転車みたいにたたんで駐輪場に並べてやってもいいんだぞ、アア?」
「・・・・せっかく顔がかわいいんだから、そういうのやめたまえよ」
 クックッと喉の奥でロイが笑うと、エドワードは視線をそらす。たった今眺めていた自慢のエドワードコレクションを引き出しに、さりげなくしまいこみながらロイはわめいて飛び上がりたいほどの興奮を懸命に抑えた。だって、こんなことがあるだろうか。彼がここをたずねてくるだなんて。
「今日はどうしたんだい?いつも私から逃げ回っているくせに」
「てめえが追いかけるからだろうが。・・・・聞きたいことがある」
「何でも。今日のパンツの柄だろうが好きなセック・・・ゴホン、失礼。いかんな、大人になるとすぐ何でも下ネタへもっていってしまう」
 そんなのはてめえだけだとすぐに返ってくる突込みを予想していたのだが、エドワードの口からこぼれたのは意外な言葉だった。


「ドラクエってなんだ」


 予想だにしなかった言葉に、ロイは思わず口をポカンとあけてしまう。
 ドラクエ?
「お前が言ったんだろうが、『君はドラクエはしないのかね』って。だから、そのドラクエって何なんだよ?クラスのやつらに聞いてもニヤニヤして『お前には関係ねえよ』、弟に聞くと『食べ物か』って逆に聞かれるし、辞書引いても載ってねえし。なんかもう、気になりだしたらとまらねえし」
 ググればいいじゃん。と突っ込みたいのを我慢して、エドワードを見ながらロイは笑いがこみ上げてくるのをとめられず、思わず吹いた。
「なんだ!!」
「や、スマン。・・っ、ッホン。ン!・・・・ええとな」
「呪文があるっつったから、宗教関係かとおもって宗教体系、新興宗教、邪教に黒魔術にいたるまで調べてもぜんぜんわかんねえ」
 そうだった、と改めてロイは思い出す。この子は実に優秀で、知識欲が異常ともいえるほど旺盛だということを。そういうところも、魅力なのだ。
「さっさと教えろ」
「・・・・・ええとな、ドラクエって言うのはね・・・・」




**********





 顔を真っ赤にしたエドワードエルリックが保健室に飛び込んだのはその日の午後だ。保健医であるリザ・ホークアイへ向けて一言。
「ここのベッドに、あとでロイ・マスタング寝かせるからあけといて」
「え?」
「なにが『ドラクエっていうのは東洋の島国の言語で、マホカンタというのは君に幸いあれという意味』だあのクソガキ・・・っ」
「クソガキって。マスタング理事はもう30の中年よ」
「精神年齢の話だよ・・・っ。嘘ばっかつきやがって・・・!!」
 ロイの言葉を真に受けたバカは自分だ。「ドラクエを知らない人間がいたとは驚きだね。ああそうか、君は去年までイギリスにいたんだったね。この国では、ドラクエで挨拶をするのは常識だよ。え?そんな言葉しらない?では君はこの国の文化に十分に詳しいとはいえないね。ドラクエもしらないのではね。君がドラクエを知らないので、クラスメイトは気を使っているんだろう。君に理解できない言葉を話さないようにね。だがそれではいつまでたっても心の垣根を取り払うことはできないだろう。ドラクエをつかってみろ。効果はすぐに出る。クラスメイトの喜ぶ顔を、君は見ることができるよ。メガンテをつかうといい。意味は、これからもよろしくだ」とそそのかされ、まんまと隣の席のエンヴィーに呪文をかけたのも自分だ。その結果、エンヴィーは笑いすぎで酸欠になり引付を起こして救急車で運ばれていった。
「いい、先生、絶対空けといてよ。あのクズここで息引き取るまでにがさねえからな・・・・!」
 ホークアイはため息をつき、掃除ロッカーに隠れて笑いをこらえている男を、エドワードに引き渡すべきかどうか、頬杖をつきながらしばらく思案することにした。