9 女装
よし、とエドワードはベッドからそっと身を起こした。枕もとの時計を確認する。深夜二時を回ったところ。
毛布をおしのけて、素足で床に触れる。ぎしりとベッドのスプリングが軋むのに身をすくませて、ゆっくりと歩く。隣室に面した壁へ両手を触れ、耳をつける。近頃早朝ジョギングをはじめた弟の部屋からは、案の定何の物音もしなかった。父親と母親は言うに及ばず。10時を回ったあたりで当に夢の中のはずだ。
エドワードはゆっくりとベッドに戻り、深くベッド下に手を差し込む。触れるか触れないかの所に突っ込んであった一冊の雑誌を取り出す。雑誌を取り出し、ベッドの上に戻る。
おっと。
肝心な作業がまだ残されていたことを思い出して、エドワードはもう一度ベッドを降りた。本棚の隙間、机の引き出し、枕の中、クローゼット、それからもう一度ベッドの下を確認する。もはやこれは日課に近い。盗聴盗撮に関して、用心しすぎるということはない。はたからみれば、さぞ異常な行動であることは自覚している。だれがこんな15歳中学生男子の日常を盗撮してよろこぶというのかと。実際弟に相談した際にも「兄さん大丈夫?勉強しすぎで変な妄想生まれてない?」などと鼻で笑われた。エドワードがこう思うにはそれなりの根拠があるのだが、それを一歳下の弟に相談するなんて恥ずかしいしみっともない。喉元で、「オレの消しゴム集めて匂いかいでる変態がいるんだぜ」という言葉を飲み込み、今に至る。それ以来誰に相談したこともない。てめえ教育委員会に訴えてやっぞと啖呵をきったエドワードに面と向かって「誰がそんな世迷言を信じるというのかね?証拠もないくせに」と傲然と変態は言い切ったっけ。思い出してエドワードはイライラと拳を握る。いうに事欠いて世迷言だとう?どれだけ人を馬鹿にすれば気にすむのか。ロイマスタングがエドワードエルリックをストーキングするなんて、世間から見れば世迷言に過ぎないと自ら言うのか。エドワードは思い出すだけで今すぐタウンページを素手で真っ二つにしてしまいそうになる。
いや落ち着け。あのクズをわざわざ思い出してどうなる。あと何ヶ月かの辛抱なのだ。同じ学校の理事と生徒という関係だからこそ、こんなにも毎日被害を受けてるけれど、エドワードはあと数ヶ月すれば卒業するのだ。そうなれば、ヤツから受ける被害が少しは軽減されるはず。エドワードはかたくなにそう信じていた。
わすれよう。あんなクズのことはとりあえず忘れよう。わざわざ思い出してまでイライラする必要がどこにある。
エドワードは思い直して、ベッドの上に戻り、「超エロエロ18禁本」を手に取った。
ボクも健康な男子ですから。と誰にともなく言い訳をして、エドワードはパジャマ代わりの短パンに手をかけた。ごくりと息を飲み、周りの物音に耳を済ませる。OK。エンヴィーから無理やり押し付けられたエロ本に『誰が読むか』と怒鳴ったもののちゃっかり持って帰った自分をけなげだと思う。期待にワクワクと胸を弾ませて、エドワードは短パンを膝までおろし、下着に手をかける。そして、すでに期待に頭をもたげている未熟な性器に指を這わせた。同年代の男子からすれば淡白なほうだとはいえ、たまるものはたまるのだ。右手の親指で幾度がなぞると、掌の内で硬度をました。ゆっくりと巨乳の女性が飛び掛らんばかりに身を低くして舌をだしている表紙を、期待をこめてめくる。
「・・・・・・・・え?」
閉じる。
今見たものがなんなのか、脳が処理できずに拒否反応を起こしている。息子を丁寧にパンツの中にしまい、エドワードはベッドの上で正座をした。そんなばかな。
もう一度めくる。めくる、めくる、めくる、めくる、めくる。閉じる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
どういう幻覚なんだろう。巨乳の女性の首の上がすべてロイマスタングに見える。
もう一度めくり、閉じる。
「・・・・・・・・・・・・・・あんの・・・・・・・・・だめだ、血がたりねえ・・・」
人は本当にキレると、タウンページを二つにするどころか、気が遠くなるものなんだなとエドワードは知らずにいたかったことを知ってしまう。おっぱい丸出しの女性のグラビアの首はすべてロイマスタングに切り貼りされている。おっぱいを寄せるロイマスタング。M字開脚をするロイマスタング。水着を着るロイマスタング。後から先は口にだすのもおぞましかった。このまめさと情熱を別のことに使えば、環境エネルギーはもっと節約できるのではないだろうかとしょうもないことを考えながら、エドワードは、その、まさにデスノートを握りつぶし、あいつの首を理科室の人体模型とすげ替える妄想に励もうと、ベッドに寝転んだ。エンヴィーは校庭の二宮金次郎と首交換。