4 髪



 冷たい水で顔を灌ぐ。歯を磨き、ヒゲをそる。朝の支度といっても、ロイにとってそれは特に面倒なものではなかった。髪質がやわらかいせいか、寝癖といってもそれほどひどくはないし、ヒゲも濃いいほうではない。鏡の中の自分は、すこし顔色が悪いのを覗けば、普段どおりの容貌に見えた。
・・・・・エドワードエルリック。口中で呟いた。
 まだ15歳である、かの少年はロイ・マスタングの想い人である。
 きれいな金髪に金目、整った顔かたちは人目を引く。けれどその容姿にはそぐわず、彼のあだ名は「歩くガソリン」。意味は、「手がつけられない」だ。すぐさま引火するその激しい気性は、ロイの魅かれた要因の一つでもある。けしてマゾではないけれど、あの、怒りに対する姿勢のようなものは、同じオスとして魅かれてもしようがないのではないだろうか。羨望、嫉妬すら感じる。間違ったことを「違う」と咆える強さ。それがいつしか恋に変わったのだと思う。初めて話した日のことを反芻しながら、ロイはタオルで頬をぬぐった。
 今日は会えるだろうか。どこで待てばいいだろうか。ストーキングしていることに、どうやら気づかれて以来、エドワードはロイを避けまくっている。せめて顔が見られたら。会話をしたいとまではいわないから。ロイは、エドワードと書きなぐってある歯ブラシをもう一度手にとって、うっとりと歯磨き粉をつけた。プラスチックのコップにはE・Eとイニシャルが入っている。ロイの自慢のコレクションの一つだった。もう一度、たっぷり10分は歯を磨き、痛んできたブラシを眺めて、そろそろ新しいものをハボックに命じてとってこさせないとなと呟く。
 お抱え運転手扱いをしている便利な部下、ハボックはまだ来ない。壁にかかっている時計をちらりとみると、時間は7時45分。後十五分。朝食は食べない主義なので、時間をもてあました。
 そのとき、ふとロイは気づかなくてもいいことに気がついてしまう。
 襟足の毛が伸びてきたなあと。
「・・・・・・・・・・・」
 両手を水でぬらし、エドワードを思い出しながら髪をむりやり後ろにひっ詰める。
「・・・・・・・・ロイ、愛してる」
 ははははははは、ナンチャッテ!と手を下ろそうとして、鏡の隅で顔面を蒼白にしたジャン・ハボックと目が合った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちが、」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 泣いているのか笑っているのか判別しがたい表情をして、ハボックは小さな声で「や、今日は早く目が覚めたんで・・・・・・」と一人呟いた。