3 白衣
机に寝そべり、息の荒い兄を前に、アルフォンスは途方にくれていた。
「・・・・・兄さん?」
「い・や・だ!!」
「だって、どこからどうみても熱があるじゃない」
ぶんぶんと力なさげに首をふる兄は、痛々しくもある。少し掌で触れた兄の額は、これが人間の体温かと思われる程熱を持っていた。
「保健室いこうよ」
「いやだっつってんだろ・・・・」
「理由を教えてよ。じゃなきゃ、救急車か、母さんに迎えにきてもらうことになるよ」
すまんなアルフォンス、お前の兄ちゃんどうしても言うこと利かないんだと、三年のクラスの担任が昼休みに一学年下のアルフォンスを訪ねてきた。たしかに手の掛かる兄ではあったけれど、こんなわがままを言う人間ではない。だからこそ、アルフォンスは首をかしげた。どうして医務室をそんなに嫌がるんだろう。まるで、蛇の巣穴に突っ込まれるみたいに嫌悪感丸出しで。
「兄さんったら。みんなに迷惑掛けてるよ」
昼休みとはいえ、教室内にはまばらに生徒がいた。いつも元気で明るい兄を気遣って教室に残っているんだろう。表情から伺える。そういうことがわからないはずは無いのに。
「理由を教えてよ。じゃ無きゃ、僕絶対に譲らないからね」
「・・・・・・おまえ笑う・・・・」
「笑いません」
「・・・・・・・・・・・・恥ずかしい」
「はあ?」
熱で紅潮した頬をさらに紅潮させて、エドワードはそっぽを向く。沈黙のその先を待ってアルフォンスがエドワードのうなじを見つめた。
「あのな・・・・・・気のせいじゃねえと思うんだけど・・・・・」
辛抱強く、アルフォンスは頷く。エドワードは、逡巡の後に、呟いた。
「保健室にいったら、ロイ・マスタングが白衣着て、両腕広げて待ってる気がする・・・・・」
「はあ・・・?」
ロイ・マスタング。確かにその名には聞き覚えがある。あるが、しかし。
「ロイ・マスタングって、ロイ・マスタング?なんで?あの人理事でしょ。保健室の先生はリザ先生だよ。何いってんの?」
「しかも白衣の下は全裸みたいな気がする」
「あのね、そんなわけないし。わけわかんない。気持ち悪いこといわないでよ兄さん」
「だから恥ずかしいっていってるだろ。でもぜってー気のせいじゃない。オレの野生の勘がそう告げている」
「何が野生なの?首都にうまれ首都に育ってるくせに」
無理にでも連れて行こうとしたアルフォンスの手をふりはらい、エドワードは机にかじりついている。アルフォンスもそんなに気の長いほうではなかった。仮にも兄弟である。
「じゃあ、僕が先に保健室にいってくる」
「・・・へ?」
「リザ先生ならいいんでしょ?もうわけわかんないけど・・・熱で頭バカになってるんだと思うけど。みてきて、なにもなかったらおとなしく保健室に行く。いいね?」
「・・・・・・・・・・おう」
もう手が掛かる!と唇を尖らせながら教室を出て行くアルフォンスの背中を見送り、エドワードはけれど自分の勘を信じている。10分後、火災装置が盛大に鳴り響いた。そのボタンを押したのは、アルフォンスに違いないとエドワードは確信していた。おそらく、保健室で全裸の変態理事を発見したのだろう。
「・・・・・・・だからいったじゃねーかー・・・・・」
ごろりと熱に浮かされてエドワードは、やっぱオレあの男にストーキングされてるなと再認識したのだった。