舞台裏では のその後
茂みから突き出た二本の足には、見覚えがある。まさか死んでんじゃねえだろうなとハボックは思い、器用に靴底で煙草の火をねじ潰した。あ、あ、と喉の調子を整えて普段のハボックよりもわずかに高めに声を作った。
「鋼の!」
鉄板の上に放りなげられでもしたかのように、その小さなサイズの靴をはねさせて「ぷぎゃ」と奇声を上げながらその子供は飛び起きた。
小さな金色の頭をぐるぐるまわして上官の姿を捜すその顔は、「寝てました」といわんばかりの涎のあとと芝生にまみれていておかしい。
「あっはっはっは!大将、オレオレ」
「・・・・・・・・・少尉ー・・・・変な冗談やめろよなあ!全然にてねえし!」
「そのにてねえモノマネで飛び起きたのは誰だよ。お前、こんなとこで寝るなよ。国家錬金術師さまともあろうものが。悪さされてもしらねえぞ?」
あながち冗談でもなくハボックは、子供の無防備さを咎めた。この子供には想像もつかないかもしれないが、軍というところは民間人が思う以上に閉鎖的で抑鬱された、ノイローゼ集団みたいなものだ。・・・・これはいいすぎか?でも、少なくとも、顔かたちの麗しい子供が無防備にねっころがっていて、何かされないという保証はない。要するに、性的に。
「だれに?大佐という名の上官とかロイマスタングという名の上官とか焔の錬金術師という名の上官とかに?」
その声のトーンに真摯さを感じてハボックは怪訝に眉をしかめる。
「は?なんだそれ。お前、大佐になんか」
「ち、ちがうちがう!冗談だけどさ!・・・・・・よく眠れねえから」
「そんなら仮眠室使えば?」
「・・・・・・・仮眠室・・・・・・なんかあんまねむれねえ」
唇を尖らせそっぽを向くエドワードの耳が心なしか赤い。熱でもあるんじゃねえかこいつ。ハボックは母親の仕草そのままに小さな頭を、大きな掌でつかまえて自分の胸元に引き寄せる。
「・・・・・・・・・・なっ」
ごん!と額を当てるには盛大な音をさせて、エドワードの額を自らのそれに押し付ける。いてえ!とうめくのに、喉の奥で笑いながら、子供の前髪を掻き分けてやる。
「ちょっとあちい」
「もう・・・!」
「おまえがいくとこは仮眠室じゃねえぞ。医務室だ」。
「熱なんかねえし!オレの体温はいっつもこんなもんなの!もう少尉、はなせっ」
「おおほんとだな。そんだけ元気なら大丈夫か」
ハボックはぐりぐりと額をねじるように押し付け、痛がるエドワードを笑う。エドーワード程度の腕力でははじめから勝負にならない。嫌がるのを無理やり抑えてもう一度がつんと額をぶつけた。
「あんま無理すんなよ」
そういって、ぱ、と手を離せば途端に子供はみっともなく芝生の上に転がる。ぽて、と横たわる様にちっちゃ!と思わず声に出そうになって、それをいっては本当に怒らせる、とハボックは口をふさいだ。
「昼飯食ってねえなら、おごってやるけど?」
「・・・・まじで?」
たった今まで痛みに顔をしかめていたのに、エドワードは顔を輝かせて立ち上がる。子犬みてえだなとハボックはおもい、思わず額にキスを一つ落としてしまう。
「あ、わりい」
「・・・・・・・・・・・!!」
たかが額へのキスひとつなのに、エドワードは体中の血を頭に集めたようなどす黒い顔色で、額に掌をあてている。
「・・・・・・・・ひ、ひたいが」
「ん?」
「・・・・・・・・・・額がもげる・・・・っ」
「あっはっはっは!もげるわけねえだろ。すまんすまん。条件反射で。おごってやっから、機嫌なおせ?な?」
「・・・・・・・・・・肉。500g以上じゃねえとくわねえ」
「・・・・・・・ぐ。給料日前としっていて」
「知っていて。おごってくれるってゆったよなあ?少尉」
ぐふふふふふと悪徳そうな笑みは妙に子供に似合っている。心細い、胸元の財布をぽんと一つたたいて、ハボックは諦めたようにため息をひとつついた。なんだかんだいっても、基本的に食の細いこの子供が自ら要求することは珍しい。子ども扱いされることを本人が望んでないのだと知っているけれど、もはやこれは性のようなものだ。女と子供には優しく紳士であれと、尊敬する両親の教えのとおり、ハボックは基本的に善良で常識のある男だった。
まさかその光景を、悪辣で非常識な彼らの上司が歯軋りすらさせながら軍部の廊下からこそこそと眺めていることなど、知るよしもない。
遠目に、穏かに笑うハボック、その腕にぶら下がるように甘えるエドワードは、邪推を持ってすれば恋人同士に見えなくもない。そして当然のように、ロイは邪推の塊だった。
「じゃあ、今回もオレの勝ちだから!」
子供はふんぞり返ってそういい、ソファの上で上機嫌だ。
ロイは無言で、机の上に組んだ両手の上に顎を乗せる。無表情ににらんでやれば、わずかに子供はたじろいだように唇を尖らせる。最近わかったことがある。
この子供が唇を尖らせるのは照れ隠しか、何か後ろ暗いことがあるときなのだ。
「な、なんだよ、その目?しょうがねえだろ、大佐が負けたんだから」
ロイはふいと視線をそらした。窓の外は秋らしいいい陽気で籠っているのがばかばかしくなる。
たまたまそこに華やかな赤い花の群れを見つけてロイはきれいだなと呟く。花の名前なんぞ知らないが、この時期になればよくあちこちでみかける花は、秋の日差しの中で穏かに風に揺れている。
どちらからともなく無言になり、室内にぎこちない空気が流れる。恋人同士と、まだ言えるほどの時間は二人の間にながれていない。先月のエドワードの怒涛のような告白からまだ一ヶ月もたっていないのだから。
そしてまだ一ヶ月もたっていないというのに。
「・・・・鋼の」
浮気、という言葉をつかうのもおこがましいような遠慮じみた気分に、ロイはため息をつく。
なんだか振り回されているようで。
結局その問いは口に出せずに、もう一度窓の外に視線をやった。
いい天気だな。
普通の恋人同士だったら手を繋いで、カフェでお昼を取って、どちらかの家に行ってイチャイチャして、お酒でも飲んでセックスするんだろうか。
別にうらやましくもないが。
取り留めのない思考にエドワードをおいてきぼりにして、ロイはため息を押し殺した。
どうも、この子供に関しては調子がでない。
「・・・・・・・・・今日、大佐んち行ってもいい」
「別にかまわんが」
そのそっけないロイの返答に、やはり拗ねたようにエドワードは乱暴に立ち上がった。
「じゃあ、あとで!オレ用事あっから」
ひきとめもせずに、その小さな背中を見送る。乱暴に扉が閉まり、ロイは一人残された。仕事を続ける気にもなれず、ペンをくるくると回した。付き合い始めて、まだたった一ヶ月。
まだたった一ヶ月なのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんな子供に本気にさせられるとはなあ」
言葉にしてみれば、それは本当にばかばかしく響いて、ロイを嘆息させる。
私が浮気をすることはあっても、先に裏切られるなんてバカな話があるだろうか。しかも相手はあんな小便臭いクソガキなのに。
急にふつふつと怒りがわいてきて、ロイは机にぎぎぎと爪をたてる。
「うぐぐ・・・・・・」
覚えのない感情に支配されて、胃の辺りに重石をされたように圧迫を感じる。
「・・・・・・・・純情な男心をもてあそんだ罰を与えねばいかんな」
先ほどの、ハボックと一緒にいるときの無邪気な笑みをうかべていたエドワードを思いだす。
自分と一緒にいるときは、あんなに可愛い顔などしないくせに。
やっぱり私はハボックへの当て馬、練習台、踏み台だったんだ・・・・!
本命のハボックとの本番のために、練習しただけなんだ。
ロイの頭の中で、どんどんと間違った妄想が成長していく。
もてあそばれたと、もはや決め付けてロイは書類をかみ締める。
仕返しだ。
こうなったら仕返ししかない。
あのコゾウに社会の厳しさを教えてやるんだ、とロイは固く誓った。
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ちらりと時計に視線を走らせれば、すでに日付けがかわってしまっていた。コートも脱がずにロイは一路寝室へと向かう。真っ暗な屋敷の中、寝室にだけほのかに明りがともっているのが外からも見えた。約束どおり、あの子はこの広い家の中で一人自分を待っていたのだと思うと、体の芯がわずかに温かくなる。昼間の憤りを瞬間忘れて、ロイは寝室のドアを開けた。
鋼の、と名を呼ぼうとしてベッドの上でネコのようにうずくまる子供が、静かな寝息を立てているのに息を飲む。待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。触れれば、あらいざらしの金の頭はまだ少し湿っていて冷たい。分厚い本を片手にエドワードは、おでこを出して薄い胸板をわずかに上下させている。なぜかロイはほっとして、白い頬をそうっと指先でなぞる。
「・・・・・・んん。・・・・・・・・ぃさ?」
眉を寄せて、寝起き特有の間延びしたかすれ声に、いつものように「人の屋敷でいい気なものだ」とかなんとか厭味ったらしくごねようとして。
「・・・・・・・・・おかえり」
エドワードがそう言い、まだ充分に眠そうな双眸をこすりわずかに笑ったのに、不覚にも目を奪われた。
おかえり。
久しく耳にした覚えのない言葉に、自分でも驚くほど戸惑う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
「・・・・・ふわ・・・・・・・・・・ぁ・・・。寝てたあ、オレ。ちゃんとまってよ、と思ったんだけど」
舌っ足らずにそう言うのに、なぜか恥ずかしくなってロイは視線をそらした。
かわいい。
かわいいかわいいかわいいかわいい。
やっぱりかわいい。
気のせいじゃなかった。
やっぱり、ものすごく、かわいいじゃないか。
こんなかわいい子が浮気だなんて気のせいだ。そうだ、あんなに真っ赤になって「つきあって」といった言葉は嘘じゃないと、あの時何度も思ったはずだ。セックスだって、好きでもない男とできるような器用な子供じゃない。大佐としたいなんて、健気にすがり付いてきたのを忘れたわけじゃあない。ハボックとは、もともと仲がよかったし。イチャイチャしているように見えたのは気のせいだ。気のせいなんだとロイは自分に言い聞かせる。
「鋼の。遅くなってしまったな」
きれいな匂いのする首筋に口付けようとして失敗する。
エドワードがその小さな手でアイアンクローをかましたからだ。
「たんま!大佐!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「賭け!賭けでオレがかったんだから、何でもいっこ言うこと聞いてくれるんだよな?」
「・・・・・・・・・・ふぁんふぁ」
「今日は、・・・・・・・・へ、へんなことしない!アンタからいろいろしない!」
握力だけは異常にあるエドワードの右手にみしりとロイの頭蓋が軋む。
ロイは両手で子供の掌を引き剥がして、いぶかしげに眉を寄せた。
「・・・・・・・・・・・・変なことというと」
「だから!もうあんた、どこでもかしこでも触りすぎ!エロすぎ!キ、キキキキキキスとかはっ・・・・・やじゃ、ねえけど。なんか、そんなんばっかだから、だから・・・・・」
唇を尖らせて、エドワードは恥ずかしそうに再びロイにアイアンクローをきめる。めきめきとロイの頭蓋が不気味な音を立てるのも聞こえない様子でもじもじと空いた左手でシーツを弄っている。
「だから、今日はそういうの、禁止な」
怒ってるこれは怒ってるなまごうかたなく怒ってる。
エドワードは頭を固定したまま真横に腰掛けているロイをうかがう。
風呂上りのいい匂いをさせた上司はらしくもなく乱暴に頭を拭いている。いつも以上におさなく見える横顔はどこか不機嫌そうだ。近寄りがたく思えて、同じソファに腰掛けているというのに少し距離を置いてしまう。両端に腰をかけて、エドワードは話しかけるきっかけを掴めないでいる。
こういうとき、いつもならロイが「今日はなにをしていたんだ」だの「今日はなにを食べた」だの「今日は軍でこんなことがあって」だの話しかけてくれる。嫌味たらしく、時に優しく。気かつけばむきになって怒鳴っていたり笑っていたり、キスしていたりする。そうしてあとは妙に熱を持った男の手に翻弄されて訳がわからなくなるのだ。
自分から「触るな」といっておいて、たしかにロイもそれを守ってくれているのだけど。
(物足りない、かな?)
一瞬くじけそうになってエドワードはいかんいかんと首を振る。
今日は、ロイに流されまいと決めたのだから。
「あの!」
「・・・・・・・・・なんだ?」
こちらを見もせずにロイがいつもより若干低く返事を返した。怖気づきそうになるのに、こぶしを握り声を押し出す。
「さっき、ごめん」
「なにが」
「顔・・・・・・・痛かっただろ?オレ条件反射で」
「私が君にキスするのが発動条件か」
ああ怒ってる。
「違うけど・・・・・・。あの。じゃあ何で怒ってんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・一つ聞く」
じろりと、ようやっとエドワードを見て、ロイは低く威嚇するように声を出した。自然姿勢を伸ばしてエドワードはロイに向き直る。
「私は練習台か」
いわれた意味がすぐにはわからずエドワードはしかめかけた眉をゆるめる。
「・・・・・・・・・何の?」
「だから。鋼の、君が本当にすきなのはハボックなんじゃないのか?」
出された名前に思わず口がぱかんと開く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「常づね思っていた。そもそも私のどこがすきなんだ?君は。いつも私に会うたびに地獄をみたような変な顔をするし、悪態ばかりつくし。ハボックと話しているときのような笑顔など見せたことがないじゃないか。バカみたいに口を大きく開けてぎゃあぎゃあ笑って。それにいつもなにかひそひそ二人で耳打ちしあって」
「はあ?ナニわけわかんないこと」
「・・・・・・・・・・・・用もないのに不用意に奴の腕に触ったり」
「・・・・?いつ?」
「挙句の果てにはキスしたりして」
「・・・・・・・・・・・・・・だからいつ・・・・て、ああ!今日の?!あれ見てたのかよ!」
「それで私にはさわるなだ。バカにしているのか?それとも、誰かと賭けでもした?ロイマスタングをおとせば、君に何らかの利益がもたらされるのか?だいたい君の口から、」
エドワードは手元にあったクッションを渾身の力で振り上げ、ロイの顔面へ向けて振り下ろした。手元にあったのがスタンドライトや石やハンマーじゃなくてよかった。いまなら手に触れたものならば何でもこのくそったれの顔に打ち下ろしただろうから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
「た・・!こら!鋼の!やめなさい!なにをいきなり・・・っ」
「あんたは・・・っ、そんなこと本気で」
「落ち着け!怒ったのか?」
「怒ってんじゃねーよ!呆れてんだ殴らせろこんの、無神経ばか!アンタなんか、頭にマサカリ刺さったって気がつかねえんだ!一回、死ね!ボケ!あほ!うんこ!一回流れろ!流れて消えろ!」
詰る言葉の幼さに自分でも辟易する。けれどなんていったらいいのかわからない。
この男がそんなことを考えているなんて、想像もしなかったのだから。
「いたっ・・・鋼の!怒るぞ!」
「それがどうした!アンタなんか最悪最低・・・・っだ、この!」
もう一度大きく振り上げてそのままたたきつける。クッションはかわいそうになかの綿がよれてグシャグシャだ。
はあはあと胸で大きく息をしながらエドワードは双眸の奥が熱くぬるむのを感じる。
予兆は鼻にきた。
真っ赤な顔を隠すように右手の拳で、鼻をこする。
まさか、気持を疑われるなんて。
言葉が足りなかったのは認めるけれど、まさか気持を疑われていたなんて。
「・・・・・・・・・・怒ったのか?」
無神経バカは、そっと掌を伸ばそうとして引っ込める。こんなときまで自分からは触れないという約束を律儀に守るとこが無神経バカなんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・オレ、アンタから、触んないでっていった」
「だから触ってないじゃないか」
「・・・・・アンタは、何でオレがそんなこと言い出したかなんて考えもしねえで。そうやってオレに怒って、オレの気持、簡単に疑う」
「・・・・・・・・仕方がないじゃないか。君は到底私を好きなようには見えない。ハボックには簡単に触らせる、私には触らせない。これ以上明確な理由があるかね?」
「ある!あるったらある!」
「いつも唇を尖らせて、体を重ねるのもはじめだけで今ではやたら抵抗するし、とうとう触るなと来た」
「・・・・・・・・・・・・・・・だから、それは」
「信じろというほうが無理だよ」
涙を流すのは簡単だった。
それだけにずるいことも知っていた。
落ち着けとエドワードは自身に命令する。
落ち着け。ちゃんと、自分の思っていることをロイに伝えることが先決だ。
折角手に入れたものを、めちゃくちゃにしてしまいたくはなかった。自身のけして寛容ではない気性をねじ伏せエドワードは声を絞り出した。喉が、すっぱいものを食べたかのようにしめつけられるけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ、旅しててあんたのこと思い出そうとする。会いたいとかも、思う。・・・・・・で、な、なんか思い出そうとすると、いっつもここんちの天井とか執務室の机とか床とか仮眠室のベッドのシーツとかほ、ホテルの変な内装とか!そんなんばっか浮かぶ!どーしてくれんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは」
「いやじゃねえけど!でも限度ってもんがあるだろうが!会ったらなんかいっつも、いっつも、・・・・・・・・・し、ししししししてるみたいで・・・・っ」
今度は無神経バカがぱ゚かんと口を開けている。ばかみてえな顔、とエドは口中で毒づく。
このばかが好きだなんて本当にオレは、見る目が無い。
「だから、ちゃんとゆっくりアンタのこと覚えようと思ったんだ。指とか、顔とか、表情とか、そういうの。気がついたらなんか、アンタに触られてわけわかんなくなってもみくちゃのぐちゃぐちゃになるから。自分で触って、たしかめて、一個一個おぼえようって。顔が変な顔になるのは、アンタに会ったときい、いっつも変な顔してるのはわかってるけど・・・・アンタのまえだと、普通の顔できねえんだからしょうがねえじゃねえか。そ、そもそもそんなにいい顔じゃねえかもしんねえけど・・・っ!ギャー!オレマジでありえねえ!なに言ってんだオレ・・・っ」
乙女じゃねえんだからと右腕で顔を隠す。顔が異様に熱い。
でも言ってしまわないといけない。
恥も外聞もかなぐり捨てて構わないくらいには、エドワードはこの無神経バカが好きだった。
ほんとうに、恥ずかしながら。
「・・・・・・・・・・・・要するに、今日はオレから触るから!アンタは触るなってこと!わかったか!」
エドワードの少女漫画のような告白にロイは戸惑いを隠せないでいる。ただひらすぱかんと口を開けて、聡明で知られる東部一の出世頭は口中でエドワードの言葉を一字一句反芻していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハボックとのことは」
「何でオレが少尉を好きだと思うんだよ、バカじゃねえの?!なんでオレがアンタ以外の男に、もろもろのあんな恥ずかしいことやらなくちゃいけねえんだバカ!アンタのまえで少尉にするみたいにバカみたいに変な顔して笑えってのか?出来るかバカ!ただでさえいろいろハンデあんのに・・・っハンデだと思いたくねえけど、しょうがねえだろ!アンタは女が好きで女が好きで女が好きで!そんなもんなあ、コンプレックスに思うなってほうが無理なんだ!こっちは、やっぱりアンタは女のほうがいいかもしれねえとかあんまり沢山したらオレにあきるかも知れねえとか賭けでかたねえとオレの言うことなんかきいてくれねえのかもとか、散々悩んでんのに、『本当にすきなのはハボックじゃないのか』だとう?!ふざけんじゃねえぞバカ!」
これまで自分の人生でこれほどまでバカバカいわれたことはありませんという顔をして、ロイはやはり呆然としている。一息にそれだけを言って、流石に息が切れたエドワードは喉の奥からこぼれてくるものを飲み込もうと必死だ。
「・・・・・・・・・・・き、きもちまで疑われたら、オレはどうしたらいいわけ。クソ、最悪。最低。・・・・・・・・・・好きでもない男と、キスとか、するわけねえじゃねえか。考えたらわかるだろうが。バカ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまったな」
ロイは顎に手を当てて床に視線を走らせた。本当に明らかにしまったという顔をしている。どこまでも空気のよめねえ男だとエドワードが思ったとしても罰は当たらない。
「・・・・・・・・・なにがだよ」
「いや、こっちの話だ。そうか。・・・・・・・・・そうか」
「・・・・・・・・・・・・ソウデス」
「そうか」
ロイが笑った。その笑顔を見ただけで妙な脱力感を覚えて、エドワードはソファに体を投げ出した。顔が火照ってしょうがない。酷い顔をしているに違いない。
でも。
(なんかちょっといい気分だ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・おいで」
「オレ、触るなってゆったけど」
「うん、だから君から触ってくれ。沢山覚えて、旅先で沢山思い出してくれ。さっきは悪かった。大人げなかった。・・・・・正直言うと。まともに人と付き合ったことがないからわからない。君をこれからも困らせるかもしれない。部下に向けてバカな嫉妬もするし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「誤解もするし、我侭も言うし、会えば君を抱いてばかりいるかもしれないけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐおお」
「・・・・・・・もうちょっと色っぽく呻けないかな。まあいい。とにかく。私は君を好きになったよ」
やっぱりこいつ、無神経。
いままで全然好きじゃなかったのかよ。
これ以上赤くならせてどうすんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おせえんだよバカ」
***************
異臭を放つ自身のロッカーを、呆然とハボックは見下ろしている。
「どーしたんだよハボック・・・ってくさ!っだこれ!くさ!なんだ?呪い?変な宗教?ストーカー?」
横から覗き込んだブレダが、ハボック自身を気味悪そうに見た。
山盛りに詰め込まれた彼岸花はなぜか生ゴミのにおいをさせて、ロッカーを占拠していた。真っ赤に毒々しく萎れている花の群れに、なぜか上司をそこにいる全員が連想して首を振る。
まさかなと。
日ごろから大人気ない人だが、部下のロッカーにこんな嫌がらせをする理由もない。たしかに昨日最後まで残っていたのはあの上司だし、仕事に飽いたら掃除をはじめる奇癖があるが、まさかこんなことをする理由がない。
「大丈夫ですからね、少尉!僕絶対に犯人を見つけてみせますから・・・・!」
なぜか妙にムキになってフュリーがハボックのロッカーに盗聴器と盗撮機器を、彼岸花をかきわけて設置している。その鬼気迫る背中に話しかけられずに、ハボックはどんどんと自身のロッカーが有象無象に改造されるのを見守るしかない。
その頃ロイは鼻歌交じりに書類にサインを書き付けている。
何度洗っても手の先からは、生ゴミの匂いが染み付いて取れない。
ああ、世界は薔薇色だ。
今日はだれにでも優しく出来る予感がする。
昨日は、つい鋼のとハボックとの仲を誤解してしまい、帰り際にハボックのロッカーに生ゴミを詰めたりペドフィリアとマジックで書きなぐったりしたのだが、誤解が全て解けた今、そうする理由がない。今日は朝一番に軍について、ハボックのロッカーを片付けた。それだけでは気がすまなかったので、軍部の庭に咲いていた美しい赤い花を沢山摘んで、せめてものお詫びとロッカーに詰めてやった。
今頃、ハボックは名もない素晴らしい花束の贈り物におどろいているだろうか。それとも感激して目を潤ませているかもしれないな。
ロイは一人わらう。
昨日の、エドワードの提案はよかった。あんなプレイがあったのかと思い出し笑いが止まらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・騎乗位か」
まさに最悪の独り言を零しながら、ロイは顔をふせる。
仕返しだ。こうなったら仕返ししかない。あのコゾウに社会の厳しさを教えてやるんだと、昨日は大人気なくもハボックのロッカーに生ゴミを詰めたり落書きをしたりしたことはもうすでに頭にない。あるのは、今もロイの屋敷でくたびれはてて眠っているだろうかわいい恋人のことだ。
さて、今日は早く仕事を終わらせて帰らねば。
あの子が待っている。
ロイの指先の生ゴミ臭に気がついたフュリーに、ロッカーの片づけを命じられるまであと数分。