「あ」
「・・・・・・え?!」





 悪い予感ほど当たるとはよく言ったもので。
 
「少尉、なんで・・・・って、アル!いくぞ!」
「へ?なんで、兄さん。ちょっとま・・・・」
 背を向けて脱兎と逃げ出したエドワードをそのリーチの差と筋力の差で、難なくハボックが捕まえる。首根っこを押さえて持ち上げることなど造作もない。
「まあまあ、ここであったのが運のツキだ。話ぐらい聞いても罰はあたらねえんじゃねえのか?大将。よ、アルフォンス久しぶりだな?」
「こんにちは、少尉。こんなところで会うなんて奇遇ですねー」
 アルフォンスは頭をぺこりと下げて、ハボックに駆け寄った。その図体は大きな鎧姿ながら、愛嬌がいい。そんなアルフォンスに笑いかけるハボックに歯をむいて、エドワードは怒鳴った。
「人を軽々持ち上げんじゃねーよ、コラ、離せっつうの!すんげー厭な予感がする!!」
「まあまあ。落ち着けって。なんでまた大将はこんなとこに?」
 こんなとこ、とは東部でも有名な観光地という意味だろうか。軍の台頭するこの国にはいっそ珍しいほど呑気な風情のこの街は、湯気と硫黄の匂い漂う、いわゆる温泉街だ。東の島国に由来する独特の衣装や建物の造作や慣習のもつ神秘性が受けて、常に賑わうこの街は、機械鎧の少年と大きな鎧の二人組みには確かに不似合いだ。
「オレたちだって、こんなとこだってわかってたらこなかったよ!なんっだ、ここ?ほんとにアメストリス?なんか会う人会う人みんなおそろいの変な服きてて、町中腐った匂いと湯気が立ってるし、街のあちこちでなんかわけわかんねーほど饅頭売ってるし!饅頭王国?ほんと意味わかんねえ・・・って、少尉も着てるし!」
 ひらひらと直線裁断の不思議な衣装を、ハボックが指先でつまんで見せた。驚くほど似合っているのが、一層恐ろしい。
「・・・・・・わかった・・・。宗教だな?観光地とは表の顔で、裏はカルト宗教の支配する土地なんだ。カルト?カルト宗教だな?この妙な腐臭で洗脳して人格と社会性とを破壊して、その変な服は教服なんだ・・・!」
 ひいい、と自分のあまりの勘のよさにエドワードは慄いてじたばたと暴れる。ハボックは呆れた風情で、首根っこを掴む手を離して、一つその頭をはたいて見せた。
「おまえな。そこまでいくと病気じゃねえかと思っちまうだろ。ちげーよ。これは、キモノつって東の島国の民族衣装。ユカタだったかな・・・。まあどっちでもいいいか。オレあんまわかんねえんだよな。ここはその東の島国を模して作られた街なんだと。エキゾチックだろ?」
「・・・・・・ださい」
「えーそうかなあ。僕結構カッコいいけどなー少尉」
「オレもはじめはダサイと思ってたけどな。結構慣れたら、これがたまらんくれえ楽なのよ。軍服に袖を通す気がなくなる。あー。オレここにすみてー」
「・・・・・この匂いは、まあでも大体予想がついてっけど・・・。硫黄だろ?」
「正解。・・・・で、だ。本日我々東方司令部メンバー一同は、慰安旅行にここへ訪れたわけだ」
「・・・・・・・・・それで?」
「まあ一泊二日なんだが。で、ご覧のとおり×ゲームでビールの買出しを頼まれて、これがオレ一人じゃ持てねえなあと思ってたところなんだよなあ」
「あ、いいですよ、少尉。ぼくもちます」
 ハボックにもともと懐いている弟があっさりエドワードを裏切り、ハボックの背後に山と詰まれたビールケースを軽々持ち上げる。
「はあ?普通そういうの宿で用意してあるだろうが!なんで少尉が買出しなんだよ」
「・・・・うーん。それがなあ、宿に用意してある分はもう飲みきっちまったんだよな。ですぐには用意できねえっていうからさ。そんなら直接買いだしに行ったほうがはえーんじゃねえかと」
「・・・・・・・・・アル行くぞ」
 なんでもてねえほどの量を買い込むんだと、突っ込む気すら失せてエドワードはくるりと背を向けた。
「え?なんで、兄さん」
「すんげー厭な予感がするんだって・・・・・・!」
 宿で用意してあったアルコールがたらなくなるような事態などありうるだろうか。すぐには用意できないという言葉の暗喩は、「これ以上飲まれては叶わない」だ。体のいいことわりを無視してさらにアルコールを買い込むような、そんな駄目な大人の群れに進んで飛び込む理由など一切ない。
「だって、少尉一人じゃこんなにもてないよ。かわいそうだと思わないの?兄さん。日ごろからお世話になってるくせに。あ、ねえ少尉、大佐も来てるんですか?」
「ん?んーんんーん、うん」
「どっちだよ!!」
「・・・・・・・来てる。おっと、絶対ににがさねえぞ!あの人のお守役を折角捕まえたんだ、ここでにがしてたまるか・・・・!」
「ほらな・・・・!そういうことだろが・・・・!」
 背後から羽交い絞めにされて、エドワードはじたばたとあばれる。そんな兄の姿を、アルフォンスが呆れた視線で眺めた。
「兄さん。大佐には日ごろからお世話になってるくせに、どうしていつも大佐を毛嫌いするの。よくないよ」
「お前は、アイツの正体しらねえから・・・!」
 悲鳴のように叫んだエドワードに、弟は怪訝に首を傾げる。
「しょうたいってなあに」
「それはおまえ・・・・・!」
 ことあるごとにセクハラされてんだとか、正直オニイチャンの貞操は奪われて影も形もねえんだとか、これが意外に気持ちよくてお年頃のオニイチャンはなし崩しに抵抗できずに爛れた体の関係を続けてんだとか、なにを血迷ってかあのくそばかはオレを愛してるとかのたまうんだとか。
 そんな恥ずかしいを通り越して情けないこと。


 口に出せるわけがない。

 
 口ごもった兄をいいことに、アルフォンスは、
「ほら、別にないんじゃない。顔くらい出しておいて損はないと思うよ。少尉、僕これもちますから、兄さんをもっててくれます?」
 もののように扱われて、けれど反論しようとするけれど喉元につっかえて、何一つ上手に出てこない。
「おま・・・・・いや、・・・・・・・とにかくいきたくねえ!」
「子供みたいなこといわないの」
「そうだぞおー大将おとなげねえぞおー」
 ふふふふふと不穏に笑うハボックの表情は純朴な弟にはさわやかな笑みとしか映らないらしい。
 ああ、やっぱりこんなとこくんじゃなかったと、何度後悔しても最早遅い。
 捕まえられた異星人のような有様でハボックに抱えられながら、エドワードは自分が引き返せない場所にきてしまったと遠い眼をした。
 悪い予感ほどよくあたるもんだと。







***********







 段々と近づいていた轟音が、まさかその一室から発せられているとはどうしても信じがたく、エドワードとアルフォンスは互いに身を寄せ合う。
「・・・・・・・・・・・なんだ?運動会かバーゲンセールでも行われてんじゃねえのか?宴会の騒音じゃねえぞこれ・・・・」
 ハボックはそんなエドワードとアルフォンスをぐいと乱暴に押し出す。けれど目の前の襖を、どうしても開けがたく、二人は怯えている。
「やばいって、やばいってこれ。ここあけたら絶対引き返せねえって・・・!」
「今度ばかりは兄さんの言葉を信じればよかった・・・」
「ふふふふふ、もうおせえぞ・・・・!正気でいるのが辛くなるような大人の世界をみせてやる・・・!社会勉強してこい・・・!」
 そうハボックが襖を開けるべく手をかけたのだがその必要はなかったらしい。
 襖を突き破って、ブレダが転がり出てきたからだ。
 ごろごろと転がっていくブレダは、なんだか楽しそうにみえて、とめることすら出来ずに三人は見送る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・かえ」
「らせ・ねえ!」
 ぐいと、襖に開いたその穴から小柄なエドワードをハボックが無理やり押し込んだ。不意をつかれ、エドワードは難なく大広間の中へと転がり込んだ。
「・・・・っぶねえな・・・・!」
 怒鳴り、体勢を整え体を起こして、エドワードは自分が踏み込んではならない大人の領域へ足を踏み込んでしまったことを知る。
 大広間の真ん中でユカタを着はだけて、頭にネクタイを巻いて箸を指揮棒代わりに踊っているのは確か東方司令部を統べる将軍だ。その周りでぐてんぐてんによこたわる男はたしか准将で、ガツガツと酔っ払った上司の頭を掴んでゆさぶっているのは、エドワードが密かに憧れていた東方司令部の受付の女性仕官。見間違いでなければ、泣きながらビンをくわえているのはあのいつも理知的なファルマンで、壁に向かって笑っているのはフュリーではないだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ」
 遅れて入ってきたアルフォンスも怯えてエドワードに寄り添う。
「・・・・・・・・・・・・・大人になんかなりたくねえ」
「僕も」
「オラオラ、大将は大佐んとこいって酌でもして来い!」
「少尉は!!?」
「・・・・・あれを回収してくる」
 苦々しく視線を送る先には、壁に向かって笑い続けるフュリーがいる。
「たしかにたしかにアレも危険だけど、そんな最優先事項か?!オレらの身の安全すら保障されねえぞ・・・!」
「アル、お前は中尉を回収して来い」
「え?」
「・・・・・・・・さっきから銃をみてにこにこしてんだよ・・・・」
 ハボックがまるで氷点下にいるかのように体を震わせて、舞台の上で3丁ほど銃を並べてにこにこしているホークアイを眺めた。
「人命にかかわってるじゃねえかよ・・・・!」
「お前は大佐んとこだ」
 ほれいけ、とどんと肩を押されて、エドワードはあっけなく畳の上をごろごろと転がっていく。ああそうか、こうやってブレダ少尉も転がっていったのかそりゃあころがるよなあと考えるうちに、何かにぶつかる。
 転がったまま首を回せば、見慣れた男の見慣れた嫌味な微笑に出会い、エドワードはげんなりと顔を歪める。
「・・・・・・ようクソ大佐」
「・・・・・・・・・・・今日は」
 片手にビールがなみなみと注がれたグラスを持ち、小さな朱塗りの机に頬杖をついて、ロイがゆっくりと口を開いた。酔ってる酔ってるなこれは相当酔ってるとエドワードは身構える。
「節分だったかな」
「オレは豆じゃねえし撒かれてもいねえっ・・・・・!」
「おや、その反応は、ほんとうに鋼の。酔いのみせた幻かと思ったよ。こんなところで会えるとは」
 くくくと笑い、ロイはグラスを唇につけた。濡れた唇を、卑猥な仕草で舐めとって首を傾げる。
 エドワードの前で、こんなに酔っているロイというのは、実は珍しい。エドワードの前でアルコールを口にすることは滅多にない。深く考えたことはなかったが、そういえばそうだったなとエドワードは思い返す。どきんと心臓が不穏なリズムを刻んだ。眦を赤くして、しどけなく首を傾げるロイは無駄に色っぽい。思わず体を重ねた次の日の朝を思い出してエドワードは動揺する。しかも、あんなにダサいと思っていたユカタなのに、こうして胸元を大きく開けてロイがそれを着こなしているのをみると、正直格好いいとすら思ってしまうのだ。
 はいバカでーす、と手を上げたいほど情けない。
 好きじゃねえ好きじゃねえぞと唱えながら、次の言葉が見つからずにエドワードは転がったままだ。
「・・・・・・・・・・・・・・嬉しいな」
「なにがだよ」
「君に会えた」
「・・・・・・・・・・・・・あんた相当よっぱらてるだろ」
「うん?そうだな、ちょっと飲みすぎたかな。周りにつられた」
 眉を少ししかめる仕草に、痛みの気配を感じて、思わずエドワードは体を起こした。
「頭イテーのかよ」
「まあ。でも大丈夫だ。もうすこしのめば・・・・」
「まだ飲む気かよ!!」
「鋼のも飲むか?たまにはいいだろう」
 グラスを無理やり握らされて、その手にはのらねえぞとエドワードはそれを突っ返す。
 こいつの魂胆なぞわかりきっている。エドワードには飲めないアルコールを無理やり飲ませてなし崩しに押し倒すにきまっている。そう同じ手が二度も三度も通用すると思うなよ・・・・!
 以前アルコールを飲まされて朝起きたら、隣に裸のロイマスタングが寝ていた忌まわしい記憶を思い出して、エドワードは再び怒りに打ち震えた。
「なにをぷるぷるしてるんだ?鋼の。ああ、わかった。寒いんだろう。こっちにおいで」
 腕を引かれて思わずロイの胸元に丸く収まる。浴衣の胸元の間に覗く素肌に頬が触れて、はじかれたようにエドワードは飛びのいた。
「ンなわけねえだろ!今春だぞ!!」
「ははは。そうか。ところで鋼の」
「なんだー!!」
「・・・・そんな大声で。温泉にはもうつかったか?」
「そんな暇ねえよ。着いた先から少尉に会って、ここに無理やり連れて来られたんだから」
「一緒にはいらないか?」
 まるで子供が悪さをするように、楽しそうに声をひそめロイが囁いた。囁かずとも、この騒音の中で誰も聞きとがめはしないのにと、エドワードは男の手管を憎く思う。密やかな囁きのほうが心臓に強く響くのはどういうわけだ。
「はいるわけねえだろ、このクソエロジジイ」
「何か勘違いしていないか?温泉というのは個人個人で入浴するのではなく、皆で入る大浴場だ。大衆浴場みたいなものかな?・・・・・・それとも知らない誰かがいる前でこっそり悪い遊びをしようか?」
 悪い遊びに思い当たる行為に顔を赤らめてエドワードが無言で拳を突き出す。
「ははは、冗談だよ。まあそういうわけで、いくら私でも他人のまえで君に悪戯をしようとは思わない。純粋に、君に温泉に入らせたいのと、私はこのとおり酔っ払っているからね。手を引いて欲しい。転んだりしたら死ぬかもしれないし」
「そのまま素っ裸で死にゃーいいんだ」
 けれど拒みきれない自分はすでに予想済みだ。にこにことただ笑うロイの手を引いて、エドワードは無理やり立たせる。よろけたロイに思わず肩を貸すのに、密着してしまい、また心臓が不穏に鳴った。吐息が耳元をかすめて、鼻先にアルコールが香る。妙に体温が高いのは、やはりロイが酔ってしまっているからなのだろう。
「・・・・・・・・君に会えて嬉しい」
「さっきも聞いたよ」
「そうかな」
 まあこんだけ酔っ払ってたら悪さもできないだろうとおもうエドワードは基本的に人がいい。
 そして相手は人間ではない。どちらかといえば悪魔ではないだろうかと思うほど、手段を選ばないのがロイマスタングだ。
 ぶちぶちと文句をたれるエドワードに見えない頭上で、悪魔が笑った。


 竹で編まれた敷物の上を裸足で歩けば、ひんやりとしていて気持がいい。だだっ広い脱衣室は、外の日差しを存分に吸収していて、エドワードを健やかな気持にさせる。端っこでぶうんと扇風機がまわり、エドワードの頬を風が撫でていく。やはり真昼間から入浴しようという人間はそう多くはなかったらしく、浴場にも人気はなかった。二人きりに妙に緊張しながら、それをごまかすようにロイを乱暴に、脱衣所の椅子に放り出す。
「ほらよ。後はじぶんでしろよ」
「うん?鋼の、入らないのか?」
「・・・・・当たり前だろ」
「でも、疲れているんだろう?折角綺麗な金髪がくすんで、埃まみれだ。折角だから入ればいい。私も一人では入れる自信がないし。けれど風呂に入らずにこのまま寝てしまったら勿体無いから」
 ロイが無邪気な仕草で首を傾げてみせた。ロイの言葉を素直に受け取れずにいるのは、絶対に自分のせいではないとエドワードはおもう。疑うだけの根拠があるのだからしょうがないのだ。ロイの日ごろの行いが悪いせいだ。
「こんな、誰かが来るような場所で君をどうにかしようなんて、思っていない」
 酔っ払いの言うことなどまに受けるなと思いながら、エドワードは確かにと正面の鏡で自分の姿を改める。長旅で汗と埃にまみれて、確かにべたべたと気色悪い。ここらで一度風呂に入っておかないと、次はいつまともに入浴できるか・・・・・。
「・・・・・・・絶対、変なことすんなよ?」
「わかった」
「ぜっっったいだぞ!」
「神に誓って。ところでエドワード」
「なんだよ」
「脱がせてくれ」

・・・・・・・・・・・・。

 誓った先から意味のわからないことを言われて、エドワードの口が呆然と開く。その表情に、ロイがおかしそうに笑った。
「違う違う。申し訳ないが酔いが回っていてね。この着慣れない服を上手に脱ぐ自信がないんだ。すまないが、手伝ってくれないか?」
 なんだそういうことかと、早合点した自分が恥ずかしくなってエドワードは頬を赤らめた。期待してるみたいで。恥ずかしさをごまかすように、つい反射的にこくこくと首を縦に振ってしまう。ありがとうと微笑まれて、さらにエドワードは俯いた。ロイを立たせて、浴衣の帯に手をかけた。
 そして固まった。
 ロイが、浴衣の下がすぐ素肌だったと思い当たったからだ。
「うん?どうしたエドワード」
 俯いているエドワードは、ロイがにやにやといやらしい笑いを浮かべていることにも気づかずに、硬直している。指がかたかたと震えそうになるのを必死に押し留める。


 なんだ、このシチュエーション。
・・・・・・・・ぬがす?
 オレが。
 大佐を。


 いや、待て待て待て、こうやって変に意識するからいつもからかわれるんだ。こんなことなんでもない。男同士じゃねえか。老人介護と一緒だ。たとえこのなんだかいやらしい服を脱がせたときに、ロイが下着もつけてなかったとしても、照れる必要なんかねえし普通に・・・・・・・・振舞えばいいのに。
 振舞えるだろうか。
 視線をどこにやったらいいんだろう。床?いやそれは不自然か?かといってロイの肌をみつめているとあらんことを思い出しそうになって困るし、横を向いては不自然だし、上を向けばロイと目が合うし。
 どうしたらいいんだ。
 完全に途方に暮れたエドワードをにやにやと見下ろしながら、ロイは猫撫で声で、鋼の?と問う。
 その声に我に返り、エドワードはぎゅうと目を瞑って、帯を引き抜いた。浴衣の前が開くのを確認して、エドワードはあわてて後ろを向く。
「ほほほほほほらよ・・・・!脱げただろ!後は自分でしろよ?!」
 エドワードの脳裏には、後ろを向く寸前に視界にとびこんできた、ロイの傷ひとつない肌や綺麗な腹筋がよぎる。意識していますよーと拡声器で叫ぶのに似たエドワードの大仰な仕草は愛らしい。ロイは喉の奥で笑って、エドワードの背に声をかけた。
「ありがとう、鋼の。では私は先に入っているから。あとからおいで?」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった」
 ロイが浴場に消えるのを確認してから、エドワードは鏡で自分の顔色を確認する。
「・・・・・・・・・・・・赤いし」
 かっこわる。頭を抱えてしゃがみこむ。
 そしてなぜか、ふつふつと腹の底に怒りを覚える。
 平然としやがって。
「・・・・・・・・クソ大佐」
 顔を赤らめたままでは、何の説得力もないことにエドワードは気づいていない。






 軽い音を立てて滑るガラスの引き戸の向こうには、確かに池ほどもある湯船が広がっていた。湯気が立ち上る向こうの人影は、ロイ以外にいない。窓の向こうは、すがすがしい晴天が広がっていて、浴場に光が差して幻想的なほどだ。バスタオルを不自然に体に巻いたエドワードは、けれど鼻を突く匂いに、ふと気がついた。同時にいいようもなく安堵する自分に気がつく。
「大佐!」
「なんだ?」
 湯煙のむこうから、ロイの妙に間延びした声が届く。アイツ寝そうになってんじゃねえだろな、と不安に思いながらもエドワードは続けた。
「硫黄駄目だ、オレ。機械鎧錆びる!」
 ああこれで入らなくてすむ。シャワーだけ浴びて帰ろうと思った矢先に、ロイが言葉を重ねた。
「大丈夫だよ、鋼の。ここの湯は源泉そのものではなく、水で薄めてある。確かに匂いはきついが、機械鎧が錆びるほどの効果はないから。ほら、そこの看板にも書いてある。安心して入りたまえ?」
 ロイの言葉どおり、指差された先にはここのお湯の効能と成分と由来と「機械鎧の方も安心してお入りください」の一文が添えられた看板があった。
「・・・・・・・・あ、そう」
「こっちにおいで。景色がいい」
 のんびりとしたロイの声にエドワードはわずかに警戒を解く。確かにこれまではアイツにいいようにされてきたけれど、大佐も酔っ払ってるし、こんな誰が来るかわからないような場所で変な真似するほどバカじゃないだろうし、何よりここへは慰安に訪れているらしい。わざわざ疲れるようなことをするわけないし。
 勿論このときの自分の判断を、エドワードは後悔する事となる。
 かけ湯を頭から浴びて、エドワードはタオルを置いた。
 あまり離れるのも不自然かと、ロイからわずかに距離をとり湯船に足をつけた。肌に心地いい温度のお湯が染み渡るようだ。誘惑に抗えずに、エドワードは身を沈める。
「・・・・・・・・きもちいい」
「だろう?」
 声が反響して、エドワードの耳に届いた。くすぐったく感じて、首をすくめれば湯が耳たぶに触れた。両手でばしゃばしゃと顔を洗う。肌にぬるつく湯の感触を面白く思って、なんども肌に指を滑らせてみる。
「なんかぬるぬるする」
「だろう?旅が続けば肌荒れもおこす。鋼のをつれてきたいと思っていた。よかった、ここで会えて」
 時々ロイが妙に人懐こく笑うのは、嫌いではない。視線をそらせずにエドワードは、ロイが指を伸ばしてくるのにも、ただじっとしていた。そのとき、ふとロイが唇を吊り上げた。
「・・・・・・・・・・・・なんちゃって」
「?なにが、」
 伸ばされた指先は、エドワードの頬をすべり、胸元を意味ありげに辿る。その指先を跳ね上げようとして、エドワードはふと右手の異常に気がついた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なに?」
「きつい硫黄の匂い、ぬるつく湯、薄めてあるはずないじゃないか。ここの湯はね、鋼の、れっきとした源泉だよ」
 にっこりとロイは笑って、先ほどと同様に首を傾げてみせた。表情は同じだが、悪魔の微笑にもにて邪悪に感じるのは何故だろうか。
「君は意外にバカだね」
「ああああああああの看板は?!」
 堂々と機械鎧のかたも安心してお入りくださいと書かれた看板を振り返り、エドワードは絶叫する。
「君は意外にどころか、バカだな。我々の職業を忘れるなんて」
「いつの間に・・・・!」
「君が私の裸に照れて蹲ってるときに」
「照れてねーよ・・・・!」
 あわてて立ち上がろうとして、やはり左足も言うことをきかない。バランスを崩してあっさりと湯船に飛び込む。溺れかけて、もがくエドワードの右手を掴んで、ロイが胸元に引き寄せた。
「こういう場所でするのも、燃えないか?」
「・・・・・・アンタ無神論者か・・!」
「当たり前じゃないか」
 神に誓ってと先ほど確かに手を上げた男は悪魔の笑みで、エドワードの耳元で囁いた。
「しよう、鋼の」
 ちゅ、と音を立てて耳たぶを吸われる。不覚にも心臓が踊った。同時に、下腹部に甘い痛みをもたらして。
「やめ・・・・!誰かきたらどうすんだよ・・・・!」
「それもいいな・・・・・」
 やばい、こいつ頭おかしいと今更ながらに気がついて暴れるけれど、片腕片足でまともに力が入るわけはない。そして酔っ払いとも思えないほどの腕力で、年上の男に押さえつけられて、抵抗する術があるだろうか。簡単に片手で押さえつけられて、ロイの自由な右手はエドワードの体を余すことなく暴いてゆく。
「・・・・っあ」
 エドワードの性器にロイの指先が触れる。先端を爪先で弄られ、簡単に勃起したそれを掌でしごきたてられて、エドワードは身をよじった。体から力が抜けていくのがわかる。こうして男の手で触られるのは、ほんとうに久しぶりであっさりとエドワードは陥落してしまう。年齢の幼さで、肉欲に簡単に溺れることをしっているロイのやりかたを憎憎しく思いながらも。
「・・・・・・・や・・・・」
 弱々しい抵抗を笑って、ロイはぬるぬると括れを指先でこすった。びくりと電撃が走ったようにエドワードは反応してしまう。思わず頭を男の胸元にもたれかけて、ねだるように腰を動かしてしまう。
「うそつき・・・っ」
「騙されるほうが悪いだろう?」
 頬に口付けられて、首を振る。それが誘う仕草に見えると知らないのはエドワードだけだろう。喘ぎが浴室に大きく響く。声を押し殺そうと努力するエドワードの痴態を、ロイが満足そうに見下ろした。
「・・・・・・・鋼のは、一人でするとき」
 強く押さえつけるように抱き寄せられ、性器を弄っていた指先がゆっくりと後ろに這わされる。抵抗するどころか、そこへの刺激を待ちわびていたエドワードはごくりと息を呑む。認めたくはないが、確かに前だけでは物足らない体につくりかえられていた。ロイマスタングによって。
「ここも触る?」
 お湯の滑りをかりて、ロイの人差し指が秘所にもぐりこんだ。肉を掻き分けるように。あっさりとその指を飲み込んで、襞が浅ましく蠢くのをとめられなかった。もどかしい思いで身をゆする。そこじゃない、そんな浅い場所じゃなくて。もっと深く。もっと硬くて。大きなもの。
「・・・・・んなわけねえ・・っ」
 けれど肉欲に素直になることを理性はゆるさず、エドワードの口からはめげずに悪態が飛び出した。
「嘘つきめ・・・・。前をこんなにしておいて、後ろはいや?ならばずっとこのままでいようか?指一本を浅く出し入れして、襞を弄って、いつまでもこうしている?」
 意地悪いロイの言葉に歯をむき、何か怒鳴ろうとするけれどうまく言葉は紡げない。
 どうしよう、もどかしい。
 たらない。
 指じゃ、たらない。
「・・・・・・・・・・・ぶっ殺す」
「はははははははは」
 とっくに限界だろうにまだ悪態をつくエドワードを笑って、ロイが口付ける。
「・・・・・・・・・かわいいな」
「も、やめろ・・・・っ」
「ここでやめたら困るのは鋼のだ。それとも、一人でするところをみせてくれるのか?私が抱き上げて、体を拭いて服を着せてやらねば、ここから出ることもできないんだからな」
「テメーそれでも人間か・・・・!」
「よく言われる。鋼の。今日は君が上にのりたまえ」
 脈絡がないのは、最早特技だろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うえ?」
「騎上位」
「・・・・・・・きじょうい?」
「お前が私をイかせておくれ?」
 その言葉の意味を正確に理解したのは、ロイがエドワードの体を抱き上げて、自分の膝の上に跨らせてからだ。足を開かれて、ようやっとエドワードは絶叫する。
「ぎゃー!!!やめ、このっ・・・・!」
「私は困らない」
 平然とロイは言い切って、漆黒の瞳を残酷に歪める。
「困るのは、君のほうじゃないか?指先だけで足りるか?物足りまい。イきたければ、自分で跨って自分で腰を振ることだ。私は手助けは一切しないよ。なに、片足片腕でも水の中だ。簡単に体を動かせる。それに、水の中で、君が下では溺れてしまうし。タイルの上では怪我をするし。わかるかな、鋼の。私は親切でいってやってるんだよ」
 親切が聞けば、首をくくるのではないだろうかというようなことを平気で嘯いて、ロイはエドワードの性器を撫でる様に触れる。限界が近いピンク色のそれは、エドワード腹について、わずかに震えた。
「・・・・・っ、だって。そんなの」
 羞恥に目の奥を熱くしながら、エドワードは俯いた。中途半端に触られた性器は、さっきから痛いほど疼いている。足を閉じることすら許されずに、男の膝の上に跨るような真似を強いられて、決定的な快感は与えられずにいて、理性がこれ以上持つとも思えなかった。
「どうした鋼の。しないのか?」
 楽しそうな声に、嗚咽がこみ上げそうになる。途切れ途切れになりながらもエドワードは必死で声を押し出した。
「・・・・・・・・・は、はずかしくてできねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 やっとの思いで口にした言葉に、沈黙がかえる。不審におもって、顔をそろそろと上げようとしたエドワードに、ロイがふきだした。
「・・・・・・・・・・ぶっ」
「なんだ!」
「はははははは、いや、ほんとにかわいい。いつまでたっても処女のようだ。負けたよ、エドワード。本当ならば、自分で腰を落として挿入して喘いで欲しかったんだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・ほんと、死ね」
「特別に、手伝ってあげよう」
 あれ、もしかして失敗したのだろうかと気がついたときには、既に遅い。
 ロイに腰を掴まれて、厭な予感にエドワードは、ひ、と叫ぶ。
「ちょ・・・っ、大佐・・・・・やだ・・・・っ」
 簡単に持ち上げられて、尻肉を割られる。視線を落とせば、充分に猛っているロイの肉棒が凶器の様にエドワードの下で尖っていた。ロイの両の指先が、秘所をかきわける。
「こわい・・・・っ」
 意図せずにロイの首筋にしがみついて抵抗するけれど、効果はない。むしろ喜ばせたようなものだ。
「すぐによくなって、いままでのセックスが物足らなく感じるさ」






 捻じ込まれる圧迫感に息がつまった。けれど散々焦らされたそこはあっさりと男の肉棒を飲み込む。開かれたそこに、湯が注がれて、エドワードはロイの首に縋りついたまま背中をそらせた。それがいっそう結合を深くしてしまい、エドワードに嬌声を上げさせる。
「・・・ぃやあ・・・っ」
「いいな。キツイ。・・・・・・きもちいい。上手だよ、エドワード」
「・・・・・・っ、あん」
 思わずでたはしたない喘ぎに構う余裕などない。待ちわびた肉塊を、貪欲に受け入れようと自然に腰がゆれた。しかし性急なつながりはわずかに痛みをもたらして、それが射精感を強める。
「・・・・・・ぃたぁ・・・・・」
「痛い?こんなに飲み込んでおいて?」
 ロイの指先が、繋がった部分を丸くなぞる。びくびくと爪先が揺れて、達しそうになるのを堪え、エドワードは首を力なくふった。
「絡み付いてくるようだよ。よほど飢えていたと見える。本当に君は素直じゃない」
「オレ・・・・・だめ・・・・もういく・・・・。なか、アツイ・・・っ」
「ああ、湯が入ったんだろう。滑りがよくてとてもいい」
 ゆっくりと腰を揺らすエドワードに手を添えて、ロイが酷く突き上げた。中からの刺激に、エドワードは耐え切れずに精液を男の胸元に飛ばす。湯に白くたゆたい、それは混じって消えた。
「早いな?」
「や・・・っ、たいさぁ・・・っ、もう、ゆすったらやだ・・・・!」
 かき回すように何度も強く抜き差しをされて、エドワードは嗚咽の混じる声を聞かせた。腰を揺らしながら。どれだけ自分の媚態が男を誘うのかも知らないで。
「・・・・・・・だしてぇ・・・・・」
 中に出して、とせがまれて拒める男がいるだろうか。
 ロイは、エドワードの胎内で自身が限界に近づいていることを知る。
 余裕をなくして、エドワードから主導権を奪い、腰を打ちつけ、そのまま精液を注ぎ込む。
 頭の中が真白になるような、快楽の終わりに、ロイは深々と息をつく。繋がった部分から、やがて白い淫液が漏れて、流れていった。









****************











 完全に湯にのぼせたエドワードは、脱衣所の長いすの上でタオルを顔に乗せて横たわっている。その傍らで上機嫌でビールを煽るのは上司という名の悪魔だ。
「・・・・・・・・・・・・・・どっからがてめえの作為だ」
「うん?」
 いやあ風呂上りにのむビールはうまいな、鋼の。生き返るようだよ。なにせ私は今日ひとくちもアルコールを口にしていないのだからねというロイの言葉を聞きとがめての問いに、とぼけたように返事を返すロイは、やはり血が緑なのかもしれない。
「酔ってねーじゃねえか・・・・!」
「麦茶で酔えるバカがどこにいる」
 平然といい、ロイはふたたびグラスを煽った。
[アルコールのにおいしたぞ!」
「浴衣に零してしまってね」
 ロイはひらひらと浴衣の裾を振る。
「・・・・おかしいとおもったんだ、こんなタイミングよく、軍部の慰安旅行がこんな僻地で行われるわけねえ・・・!オレらが掴んだ賢者の石の情報、アレもテメエのつくりじゃねえのか?!」
 偶然耳にした石の情報をもとめ、ここを訪れたことすら目の前の男の仕業のように思えて、内心まさかなと思いながらもエドワードは詰る。
「うん?」
「タイミングよくオレらが通りがかったときに、ここに妙な石のうわさがあるとか何とかへんな二人組みが話し始めて」
「タイミングがよかっただろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」
「報酬が無駄にならずにすんだ。彼らは役目を果たしてくれたようだな。追加でボーナスを出してもいい」
 うんうんと頷くロイマスタングはやはり悪魔の申し子だった。
「マジかよ・・・・!」
「因みにここの旅館の売りは、大きな露天風呂で。私と君が入ったこの風呂は内風呂といって、貸切可能な風呂なんだな」
 もう笑うことしか出来ずに、エドワードは乾いた笑いを壊れた人形のように口からもらす。
「だからはじめから誰かに邪魔される可能性はゼロだったのだよ、鋼の。いや、ほんとうに君がバカでよかった。ここまでうまくいくとおそろしいな」
 自分の才能が、と付け加えてロイは笑う。
「さて鋼の。問題です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ」



「私が君を自由に出来る時間は、あと何時間あるでしょう」


 機械鎧のぶっ壊れたエドワードエルリックをオモチャにすることなど造作もないと、悪魔が高らかに笑った。