渡された小さな切符を弄りながら、エドワードは俯いた。視界の端では、人々が忙しなく行き来を繰り返している。時計の針は18時をさしていた。春といっても、まだまだ日が翳れば肌寒い。夕暮れの赤に染まる駅のホームはどことなく物悲しい。
「次だぞ」
「わーってる」
 真隣に腰掛けた男の低い声がざわめきの中、妙にクリアだ。視線を合わせることすらせずに、エドワードはただ列車の到着のベルを待った。
 セントラル行き、18時15分発。上司と二人きりで何処かへ出かけることなど、そうそうあるものではなかった。それだけに、変に意識してしまってエドワードは落ち着かない。改めて会話することもなく、ぎこちなくただ俯くばかりだ。やがて轟音に似て、待ち飽いたセントラル行きが目の前に到着した。先に立ち上がったロイマスタングの背中を追うようにして、エドワードも立ち上がる。小走りでなければ追いつけないリーチの差を苛立たしく感じて、小さく舌打ちをする。
「何かいったか」
「・・・・・べっつに。なんにも」
 耳聡い。肩越しにふりかえるのを、視線をそらしてエドワードはポケットに両手を突っ込む。こうしていると、ほんとうにこの男と自分とは不釣合いだなと改めて感じてしまう。なんというか。
 軍人と。

 そこらの不良。

「って、だれが不良だ!」
 小声で自分に突っ込む奇異を、ロイはやはり肩越しにちらりと見て笑った。
「まったく、鋼のは見ていて飽きない」
「見せもんじゃねーっつーの・・・・。席どこだよ」
 頬に熱を集めてしまいそうで、ついそっけなく返事を返してしまった。いつもの自分ならば、もっと悪口雑言で対処できただろうに。やはり少々勝手が違う。ごまかしたくて、手元の切符も確認せずに、ロイに確かめさせようと問うた。ロイは切符を見もせずに、奥の個室を指した。
「個室を取った」
「そういうの、税金の無駄遣いってゆーんじゃねーのかよ」
「そうともいうがね。だが私ほどになると、申し訳ないが一般車両でぎゅうぎゅうに詰め込まれてまで移動したいとは思えなくなるものなのだよ。君も恩恵にあずかれるんだ、感謝したまえ。もし今回のセントラルへの召喚が君だけだったならば、私は一般車両の子供用の補助椅子を一つ予約していたはずなんだからね」
「それに感謝しろっつう、アンタのずうずうしさには呆れる・・・・」
 補助椅子って、幼児用じゃねえかとぶつぶつ文句を言う。
 だめだ。やはり調子が出ない。
 だって。
 オレは

 どん、と後ろから背中を押されて、エドワードは思わずよろけた。大きな荷物を背にした老婆がたっていたエドワードを避け切れなかったらしい。正面につんのめり、ロイの胸元にまともに飛び込む格好になる。
「って」
 鼻をぶつけてしまい、慌てて顔を上げるとロイが澄ました顔で笑っている。
「ぼうっとしているからだ」
「・・・・すんませんね」
 干からびた声なのは、喉が渇いているからだ。ここは妙に熱い。
 ふうと息をついて、エドワードは喉元を掌で扇いだ。
 






 セントラルへ上司ともども呼びつけられたのは、自賛するわけではないけれど、錬金術師としてそれなりに自分とこの男の名が通っているからなのだと実感する。それぞれの錬金術師としての研究成果が、軍事への転用にどれほど有効なのかを、セントラルで直接実技という形で発表することになる。お遊戯会じゃねんだからとぼやくエドワードの頭を一つたたいて、ロイは笑いながら言った。実力半分でジジイどもの度肝をぬいてやればいいのさ。それがどれだけ本気だったのかはわからない。手の内は隠せという、男の本音の所はちっともエドワードには理解できなかった。こいつは本当に軍に忠誠など捧げてねえなと思うばかりで。
 軍事への転用、という言葉に嫌悪した自分を心配してくれていたり。
 するんだろうかと。
 ぐるぐると考えてしまって、どうにも消化不良の感が否めない。こうして考えてしまうことは、実は得手ではなかった。疑問があれば、すぐに聞いてしまえばいいし、言いたいことは何でも言ってしまう自分の、損な性分を充分に自覚しているエドワードにとって、今の状態は結構辛い。
 こてんと頭を後ろへもたげて、窓の外を眺める男の横顔をぼんやりと眺める。長い睫とか、真っ黒な夜の底のような双眸とか、意外に触ったら柔らかそうな髪とか、骨ばって長い指先とか、武骨な喉元とか、
「・・・・・・?」
 どこからどこへともなく流れる思考に身を任せていたエドワードは、ふと不審な物音を耳にする。きょろきょろとあたりを見回し、がたんごとんとゆれる列車から神経をそらす。
「なんだ、鋼の」
「ん・・・・・なんか・・・・・・ほら、また。なんか、うめき声みたいなの聞こえねえ?」
 隣室から聞こえるのだと気がついたのは、ほどなくしてからだった。椅子の後ろの壁に耳を貼り付けて、エドワードは息を詰める。
「はしたない・・・・鋼の?」
「静かにしろって・・・・・あ!ほら、また!」
 今度はロイの耳にも届いたらしい。小さな悲鳴のような、尖った甲高い声が一瞬二人の間に落ちた。
「おい、大佐。隣に病人でもいるんじゃねえの?苦しそうだぞ」
 女の喘ぎは段々と酷くなっていて、エドワードを急かした。けれど上司は「あー・・・」と言ったきり何かを一人で得心していて、ちっとも動こうとしない。むしろあきれたような表情で、咳払いを一つして、再び視線を窓の外に戻している。
「ちょっと、大佐?なんでそんな落ち着いてんだよ!」
「いいからほっとけ。病人というならば、それは別の病だ」
 わけのわからないことを言うロイに瞬間的に血をのぼらせて、エドワードは席を立った。
「アンタはほんっと、薄情だな!いい、もうっ、」
 オレがいく、とエドワードが怒鳴ろうとした声に重ねて、
「・・・・いっちゃう・・・っ」
 という、どうしようと聞き間違いのしようのない大声が聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いっちゃう?」
 エドワードはどこへ、とでもいいたげな表情をした後、さらに続けざまに聞こえてきた「あ・・っ、ぁあんっ・・・っ」という女の声に、みるみるうちに表情を強張らせた。
「・・・・・・これって」
 そのうち耳をすませずとも、あからさまに卑猥な言葉や物音や気配がそのけして広くない個室を満たした。いたたまれずに、エドワードは怒りに拳を握る。
「ッにやってんだ・・・!」
「それは野暮というものだ、鋼の。ラブホテルかカップル喫茶かなにかと間違えてるんだろう。そっとしておいてやれ」
 平然と答え、携えていた文庫本を取り出したロイは大人だった。けれどこちとら経験のない15歳男子としては、いたたまれないというよりもどうしようもなく体が率直に反応してしまうわけで。
「・・・・・・・・っ」
 頬を染めながら、エドワードは仕方なく椅子に乱暴に腰を落とした。その際に、向かいに座る男の膝に触れてしまい、ついつい過剰に反応してしまう。体を引いたエドワードを、書面からロイがちらりと視線を上げた。
「どうした?」
「べっつに・・・・」
 その目が笑っているようで、エドワードはたまらず視線を窓の外へ向けた。流れていく夕闇の景色に意識を集中させようとするけれど上手くいかない。なぜなら、お隣では今まさにクライマックスらしく、さらに激しい喘ぎやいやらしい言葉を叫び続けているからだ。
 ああんっやだそんなとこやめていっちゃういややめないでもっとしていやんひあっもうだめえなかでださないでえなどと女はやかましく叫び続けていて、エドワードをひたすら苛む。延々と続く性行為は果てしなく終わりが見えずに、どんどんエドワードを追い詰めていった。
 やべえ。
 ぐぐ、とズボンの上で握る拳はすでに汗が滲んでいる。意識すまいとおもうのに、どんどん下腹部が熱を持ち始めて、皮膚が尖るように敏感になりはじめていて、たまらない。火照る体をもてあましながら、イライラと唇を噛む。このままここにいたらマズイということだけはわかっていて、エドワードは思案の末言い訳がましく喋りながら立ち上がった。
「オレさっきジュース散々飲んだから、ちょっとトイレいってくる」
 視線を合わせずに言ったエドワードの手をひいて、ロイがとても信じられないような一言を口にした。
「抜いてくるのかね」
 そのこと、だけが頭の中を駆け巡っていたエドワードに、抜くという言葉の意味がわからないはずもなかった。けれどはいそうです、などといえるわけがない。
「ちがう・・・・!」
 なにがどう違うのか自分でもわからないまま、混乱してエドワードは再び椅子に腰をおろしてしまう。眩暈息切れ動悸勃起に襲われて、エドワードは卒倒しそうなほど追い詰められていて。
 正常な判断ができなくなっていた。すでに股間は痛いほど張り詰めていて、妙に前屈みになってしまうことを否めない。そしてますます盛り上がる隣室ではすでに、喘ぎというよりも雄たけびに近い嬌声が漏れはじめていた。
 我慢はもはや限界に近い。エドワードは瞬間ぶちぶちと血管を引き千切らせて、おもわず右の拳で背後の壁を渾身の力で殴りつける。
「うるっせえ!!公共の乗り物だぞ・・・・!」
 途端に静かまりかえった隣室に満足して、エドワードは今度は蹴りつけようとした足を下げた。
「・・・・・・・・・・・・っくっく」
 笑い声にふりかえれば、ロイは堪えきれないという様子で体を二つに折っている。
「笑い事じゃねえ・・・っ」
「いやはや、初々しい。鋼のは童貞なのか?」
「・・・・・・・・・・・んな・・・っ」
 しかしロイはからかう時の嫌味な笑顔ではなく、まるで今日の天気を聞くような気軽さで次々にセクハラまがいの質問を繰りかえした。
「やはり君くらいの年齢だったら、毎晩ひとりでやるのかね?もう忘れてしまってね」
「・・・・・・・・・・・ひ、ひとりでって・・」
「精通はいつ?」
「・・・・・・・・」
「皮がむけたのは?それともまだむけていないのか?一人でやるとき、なにを想像しながらやっているんだ?」
 なあ?と首を傾げてロイは笑う。
「君は好きな子とかいないのかね?」









 キれた。






 今度こそ、大動脈を引き千切る勢いで血管が切れた音をエドワードは聞いた。
 おもむろに立ち上がり、ロイの椅子に片足をかけて、まさに街角にたむろするチンピラそのものの凶悪な顔で、怒鳴る。
「・・・・・・精通は11歳ン時で、初めてアンタにあった夜!一人でやるときに想像してる人間は、ロイマスタング!好きな人間ロイマスタング!今一番ぶっころしたい無神経はロイマスタング!」
 ガン、と椅子を蹴りつけて、もう一度怒鳴った。
「あとオレ、包茎じゃねーから!!」

 がたんごとんと呑気な車輪の音だけが車内に響きわたった。隣室から、ひそひそと「ホモ」やら「痴話ゲンカ」やらいう単語が漏れ聞こえてくる。その言葉に歯をむいて、エドワードはやはり壁を蹴りつけた。板張りのそれがわずかに軋んだのが恐ろしい。となりを再び黙らせて、エドワードはそのままロイの顔をみず、熱い頬を覆うように顔に右手を添える。そしてそのまま投げ出すように座席に腰掛ける。
 沈黙が降りて、エドワードは後ろに縋りながら唇を尖らせる。自分がどんな恥ずかしいことを言ったのか、自覚は充分にあって、熱に浮かされたような頭でも、流石に少々いたたまれない。
 長い沈黙の後、ようやく口を開けば、声がかすれていてみっともなかった。
「・・・・頼むから、なんで、とかどうして、とか聞くなよ」
 できるだけドスの聞いた低い声を出したいのに、叶わず裏返ってしまう。
「・・・・オレもわかんねえし。多分、これ思春期の気の迷いだし。アンタが放っといてくれればそのうち、オレも冷めるだろうし。こっぴどく振ってくれても・・・そりゃいいんだけど。・・・・・・・き、きもちわるいとか。うざったいとか。でも、とにかく、放っといて。・・・・・・・・オレ、今ちょっとおかしーから」
「・・・・じぶんでむいたのか?」
「てっめえは・・・っ・・・!いうことはそれだけか?ああ?!」
 つかみ掛かったエドワードに、耐え切れないとばかりロイは爆笑した。
「ははははははははっ」
「なにがおかしいんだコラ!!」
「あー・・・。鋼のは、本当にみてて飽きん」
 なおも掴みかかろうとエドワードはしたけれど、未だにおさまらない下腹部の熱が、それを邪魔した。膝を抱えるように座席に着いたのは、やはり不自然だったのだろうか。
 ロイは笑顔をふと真顔に変えて、問う。
「鋼の、熱でもあるのか?大丈夫かね」
 息荒く、頬を染め、瞳を潤ませるエドワードの症状は確かに風邪に見えなくもない。肝心なところで察しのわるいロイマスタングは無遠慮に指先を伸ばした。頬に触れた瞬間、エドワードはびくりと体を揺らす。
 優しくなでられて、
「・・・ぁ・・・っ」
 自分だとは思えないような甘えた声がでてしまう。
 もっと触れて欲しいのだと、もはや表情が,目が訴えていたのかもしれない。
「・・・・・・・・そんなにしていたとは、気がつかなかった」
 ロイの視線が下腹部に注がれている。うろたえて、エドワードは半泣きに顔を歪ませた。隣からは、いつの間にかまた再開されていて、卑猥な喘ぎが聞こえてくる。窓の外は、目の奥が痛くなるような黒。
「・・・・・・・っ」
「そんなに私が好きか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ちが・・・・」
 ふるふると首を振りながらも、自身がなにを否定しているのかもわからない。
 泣き出す寸前のような、内側から破裂するようなものを抱え込んでいる今のエドワードには何もまともに判断出来なかった。ロイが戯れのように指を差し伸べるのに、あられもなくすがり付いて。


「・・・・・んぅ・・・・」
 唇を合わせてしまえば、理性など吹き飛んだ。
 口の端から唾液が零れるのも厭わずに、エドワードは無心にロイの唇を貪る。下半身を押し付けるように男にしがみついて、はしたなくねだる。
「・・・・・大佐・・・・っ」
 


 嵐のようだとおもった。





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 今にも突き飛ばされるのじゃないだろうかと思いながら、エドワードは必死に舌を絡めた。
 女好きで、意地の悪いこの男が、到底自分などを相手にするとは思えないからだ。事実ロイは困惑した表情のままだ。困惑しながらも、唇を重ねるところがあざといけれど。
「大佐・・・・っ」
 わずかに唇を離して、吐息とともに名を呼ぶ。
「・・・・・・・公共の乗り物なのじゃなかったかな」
 意地悪くそう聞かれて、うるんだ瞳のままにらみ上げる。まるで病にでもかかってしまったようだ。足元はおぼつかず、指は震えるし、体は熱いし、目は潤んでよく見えない。下腹が痛いほどずくずくと疼いて、辛い。隣室からはひっきりなしに女が喘ぐ。
「・・・・・・・オレにしてよ」
 気がつけば、もう言葉は口から出ていた。
「オレにも、ああやって、して」
「ここで?私にそんな義理が?」
「・・・・・・・・・・じゃあ・・っ、すきになって・・・・っ」
 小さく首を傾げて冷笑するこの男が、自分のものになるなどとは、はじめから思っていない。自分が長くこの男を思った分だけ帰ってくるとも思っていない。一人体を熱くしているエドワードをあざ笑う冷淡に、けれど体の熱は冷めないのだ。そんなことで簡単にのぼせきった頭が冷えるならば苦労はない。
 なのに、泣きたいほど願ってやまない。
 いつか、自分が思うように、この男も自分を好きになりはしないだろうか。
 会うたびに、腹の底が痺れるように痛むこの感覚を、いつかこの男が知ればいいのに。
 愚かな願いをやはり笑って、ロイが意図の知れない指先を伸ばす。エドワードの喉下を擽り、頬をなでる。こんな風に触られるだけで、下腹部が疼いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・いまだけ、というならば考えてやらんでもない」
 飢えた犬に餌を与えるようなその言葉に、頷く以外に選択肢は残されていない。息を荒くしながら、エドワードはもう一度ロイの首に腕を回して、その膝に馬乗りになりながら唇を重ねた。
「・・・・・・・・んぅ・・・・んっ」
 おずおずと舌で唇を舐めれば、答えるように薄く開く。綺麗な歯列に舌をのばす。初めて触れた男の唇は、どこか甘い。拙いくちづけを、けれどどうしてもやめることが出来ずに、エドワードは夢中で繰り返した。
「・・・・・・キスだけ?」
「・・・・・・・・・・・・・アンタに、して欲しい・・・っ」
 耳元で囁かれて、正直に話す。くくく、とロイは喉の奥で笑いながら、酷い言葉を言う。
「いつも、鋼のが一人でしているようなことをしてごらん。どうしてる?私の膝の上で、やってごらん。・・・・・・・・・手伝ってあげるから」
 最後の、ほとんど語尾の聞き取れないような囁きは、甘くエドワードの理性を蕩かす。ロイがわざと右膝をゆすって刺激するのに、声もないほど感じてしまう。それはエドワードを促すための行為だった。唆すためだけの。効果は充分で。
「・・・・・っ・・・」
 震える指で、下腹部を寛げる。列車の揺れる騒音すら聞こえない。耳鳴りのようなものがへばりついて、エドワードをますます緊張させた。ベルトを外して、チャックを下ろせば、それは痛いほど張り詰めていて、下着に雫を染みさせていた。ゆっくりと下着を押し下げて、死ぬ程の羞恥をかみ殺して、それを外気に晒す。明りの下で、それがぬるぬると光るのが妙に淫猥だ。ズボンと下着とが右の爪先に引っかかった。
「・・・・・・・・・・・それから?」
「・・・・・・・んんっ」
 両手で覆うように、それをゆるゆると扱く。待ち望んだ刺激だった。
「触るだけ?私を想像しながらしてるのか?」
「うん・・・・うん・・っ・・・・・・・・大佐っ・・・やだっ」
「言ってごらん。どういうふうに?」
 悪魔の囁きにも似て抗いがたく、エドワードは問われるままに口走る。
「・・・・ア、アンタに触られるの想像してた・・・っ、こ、ここ触ったり、撫でたりとか」
「私がすき?」
「すき・・・っ、あ・・・おれもう・・・っ」
 いく、と漏らしそうになって握り締めたそれを、ロイがやんわりと上から手を重ねた。
「駄目だ」
「・・・・・やだあ・・・っ、がまんできね・・っ」
「私も、興奮した」
 少しもその言葉を信じさせないような落ち着いた声で、ロイが耳元で囁いた。耳朶に唇が触れて、エドワードはびくびくと背中を揺らした。鳥肌の立つような、感覚だ。ロイの指先が太ももを辿って、後ろの蕾へと伸ばされる。ぐり、と弄られて、エドワードはのけぞる。
「ここに入れたいな・・・・・」
 前から滴ったものの滑りをかりて、ロイの指先が難なくもぐりこむ。ぐちゅぐちゅと肉を掻き分ける水音に、快感を煽られてしまう。
「一人でするときに、ここも弄るのか」と聞かれて。快楽に翻弄されたエドワードは素直に頷く。
「男同士はここをつかうんだと知っていた?」
「わかんな・・・・・っ・・・」
「ははははは、そうか。・・・・鋼のはやらしいな」
 かゆみのようなものが、ずっと奥にあって、ロイの指はそこを的確に弄った。急激に訪れた射精感を今度こそ我慢できずに、エドワードは零した。男の肩にしがみついて、震えながら吐精する。まっすぐ散った精液が軍服を汚してしまった。ロイはわざとエドワードに見せ付けるように指でそれを掬って、眼前へもってくる。
「・・・・・・・・・鋼の?」
「・・・・っ・・・」
「ひどいな、先にいくなんて。・・・・・私のもしてくれるんだろう?」
 荒い息を整えようと俯き、俯いたままこくこくと首を振る。男の体をみたいと思った。無防備で、自然な、まるで恋人同士のように。軍服のズボンに手をかけて、確かにゆるく立ち上がりかけているそれを引きずり出す。どう触っていいのかわからずに、戸惑いながら自らするようにゆるゆると扱く。
「・・・・・・・・こんなの、はいんの?」
「試してみるかね?」
 ふと口をついて出た疑問は、もしかして墓穴だったんだろうか。
 まさかこの場所で、ほんとうにそんな真似までこの男がするとは思えずにいたエドワードも、腰を持ち上げられて危機を悟った。
「ちょ・・・っ、やだ・・・・!いきなりそんな」
「大丈夫だよ、鋼の」
「こ、根拠は・・・っ?」
 科学者らしいといえばらしい反論に、ロイは無邪気に笑って無言で作業を進めてしまう。自らの性器に手を添えて、もう片方の腕で逃げようとする華奢な体を引き寄せる。
「ちょっとまて・・・・っ!!あ、あんた男とやったことあんの?」
 悲鳴をあげるエドワードに笑ってやりながら、一遍のためらいをも見せずにロイはいった。
「あるわけないじゃないか」
「・・・・・・・・・!!!」







 抵抗空しく、その大きな肉塊がゆっくりと埋められていく。圧迫感に息もつけずに、エドワードはただただ男へ縋りつくばかりだ。目をぎゅうと閉じて、必死に痛みを逃がそうと浅い呼吸を繰り返す。なのに、散々男の手でほぐされたその小さな秘所は、拒もうとする思惑とは別に男をどんどん飲み込んでゆく。両足を突っ張らせて終わりをただ待つ。
「・・・・・・いたい・・・・・」
「そうか?私は、そうだな。悪くない。・・・・・そろそろ動かすぞ」
「はあ?動かす?動かすって、なにを・・・・」
 その言葉の意味は、すぐにわかった。腰を掴まれて、乱暴に上下にゆすられてエドワードは再び悲鳴をあげてしまう。ただの痛みであれば耐えられたけれど、これはまるで知らない、異質な痛みだった。しかも、恐ろしいことに体の奥深くから快楽をも呼び覚ますような。
「・・・・んんっ、ひっ、ひぁ・・・・っ」
「・・・・っ、もうすこし、力をぬいてくれ・・・・・・これでは長く持たない」
 うっすら汗ばんだ額をかきあげながら、ロイはゆするのをやめずに言った。けれどその声は聞こえていたとしても、エドワードには理解できなかっただろう。揺さぶられるままに、悲鳴を上げる。もはや隣室の声を抑制するほど、淫らではしたない。すっかり大人しくなった隣は沈黙するばかりだ。
「いい声を聞かせてやりなさい。さっき鋼のが味わったようにな」
 恥知らずの大人は、余計に煽るように結合部分を弄る。再び立ち上がった性器が二人の間でこすられて、エドワードはもう射精することしか考えられない。
「・・・・いく・・・っ」
 がらりと扉が開いて、駅員が入ってきたことも、勿論気がつかない。
「失礼いたします、切符を拝・・・・・・・・・」
 しばらくの間の後に、拝見いたします、と中年の駅員はプロフェッショナルの意地を見せて言い切った。それともよくあることなのだろうか。右手をさしだし、ただ切符を待つ。さり気なく傍らのエドワードの赤いコートで下半身を隠しながら、ロイは二人分の切符を差し出した。腰を振りながら、「いく」と叫んでいたエドワードも今ではその存在に気がついていて、ただ真っ赤な顔を軍服の肩に埋めるばかりだ。
 切符を確認して後、駅員は厳かに呟く。
「お客さん、ここはラブホテルじゃありませんよ」
「知っている」
 切符を受け取り、少しの動揺もみせず、普段から切れ者と噂される上司が言わなくていいことを続けた。
「シャワーがついていないというんだろう?なに、構わんさ。ちなみにセントラルまでは、あとどのくらいだね?」
「・・・・・・・・・心配しなくても、お客さんが終わるより先につくことはありませんから」
 どうぞごゆっくり、と出て行く駅員の向かう先は隣室だ。
 流石に我に返って、エドワードは熟れきってどす黒く変色した顔をロイに預けて死にたいと呟く。
 隣室からは「きゃあ」だの「ここはラブホテルじゃありませんよ!」と先ほどの駅員の、今度こそ怒りを押し殺し損ねた低い声が聞こえてきて、なんだか哀れだった。
「しかしあれだな、鋼の。人に見られるというのもなかなか興奮するものだな」
「・・・・・・・・・・・っ(出すものを出したら冷静になったエドワード・エルリック)」







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 セントラルで行われた模擬戦闘において、エドワードエルリックは錬金術を使わずに、鬼気迫る形相で、並みいる錬金術師を素手で圧倒(要するに殴った)。失格。ロイマスタングは、駅の階段から落ちたらしく、顔を盛大に腫らして右の視界が不明瞭なため、参加せず。東方司令部代表の二人は揃ってその面目を潰して、その日のうちに、なぜか別々の列車で帰途についた。